第7話『反抗期到来?』

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修羅場を繰り広げた日の昼。 アヤメはリョウと一緒に、城の中にある図書館に来ていた。 向こう側の壁が見えない程の広い部屋の中に、大人の身長よりも高い本棚が無数に並んでいる。 いつもなら、この時間はオランの昼休憩の時間であり、必ずアヤメと一緒に過ごす時間であった。 だが意地を張っているアヤメは、今日に限っては、オランの所へは行かなかった。 「リョウくん、絵本読んであげるね。好きな本、持って来て」 「うん!!」 リョウは背伸びをしながら本棚の本を手に取っては、あれこれ物色していた。 アヤメの『寂しい』という感情は、リョウと一緒に居る事で少しは解消する事が出来た。 だが突然スイッチが入ったかのように、激しい虚無感に襲われた。 (オランの所に行きたい……会いたい……) 朝、同じベッドで寝ていたのに。今も同じ城の中に居るのに。行こうと思えば簡単に会えるのに。 少しの時間、少しの距離を離れただけで、どうして、こんなに寂しいのだろうか。 今すぐに抱きしめて欲しい。朝みたいに、もう一度この唇に重ねて欲しい。 ………そう。これこそが、無意識に『心と身体が欲している』状態であった。 (好き……会いたい……) ハッと意識を取り戻すと、リョウが本を持って自分を見上げている事に気が付いた。 アヤメは少し無理をして笑顔を作った。 「あ、絵本持ってきたの?」 「ボク、これがいい!!」 そう言って、リョウは笑顔と共に、数冊の本をアヤメに差し出した。 それらは妙に分厚くて大きな本だったので、アヤメは驚いた。 明らかに絵本ではない。文学書か辞書のようだった。 「リョウくん、こんな難しいの読むの!?」 「うん!」 リョウは当然の事を答えるようにニコニコしている。 優秀な天使であるらしいが、見た目は3~4歳の子供である。 勉強させるどころか、逆にリョウから勉強を教えてもらった方が良さそうだ。 アヤメはリョウを驚きの目で見た後、その難しそうな本を開いてみた。 やはり、内容は良く分からない。だが、それ以前に不思議に思った。 (あれ……?なんで私、文字が読めるんだろう?) その本は、当然ながら人間界の文字で書かれてはいない。きっと魔界の文字だろう。 パタン、と本を閉じた時に表紙に乗せられた自分の左手を見て、アヤメは気が付いた。 左手の薬指に嵌められた、その『婚約指輪』に。 (もしかして、これも指輪の効果なの?) アヤメの為にオランが魔力を込めてくれた、婚約指輪。 この指輪には様々な効果があり、人間が魔界で暮らす為の補助をしてくれる。 魔界での体力の消耗を防いだり、危険から身を守ったり、寿命を延ばしたりするらしい。 寿命に関してはオランが教えた『嘘』なのだが、その事をアヤメは知らない。 オランの深紅の瞳と同じ色をした宝石の指輪を見ていると、彼と見つめ合っているようで愛しさが増していく。 離れていても、いつも一緒なのだと全身で感じる事ができる。 (ありがとう………好き……) アヤメは薬指で光る小さな宝石に、そっとキスをした。 その頃、オランは自室の豪華な椅子に、もたれ掛かっていた。 そのすぐ側にはディアが立っている。 いつもの風景だが……何かが、いつもと違った。 「あの、魔王サマ。お昼休憩の時間ですが」 「あぁ?知ってるよ」 平然とした様子のオランだが、ディアは、この状況を不思議に思った。 「アヤメ様とご一緒しないのですか?」 「たまには、いいんじゃねぇ?夜になれば戻ってくんだろ」 自信満々に言うオランだったが、ディアは察した。 これは、何かあったな……と。 「よろしくないと思います。アヤメ様の元へ向かわれてはどうでしょうか」 ディアは、普段からオランに反論や口答えをする、怖いもの知らずな男だ。 「必要ねえ。必ず戻って来る。そう育てたんだからな」 だからこそ、アヤメはオランと離れる事が、どれだけの苦痛となるのか。 普段から二人を間近で見て来たディアには、それが痛いほどに分かる。 ディアはオランの椅子の正面に立ち、反抗的かつ冷たく見下した。 「失礼を承知で申し上げますが」 ディアが、そう前置きをした。彼がオランに失礼な発言をするのは日常だし、オランも気に留めていない。 「アヤメ様は、貴方様の『玩具』でも『奴隷』でもありません」 オランは顔を上げて、ディアの瞳を見返した。 生意気にも、今朝のアヤメと似た瞳をしている……そう感じ取った。 スっと、オランから笑みが消えた。反抗的な瞳に、威圧的な瞳で返した。 「テメエこそ、履き違えるんじゃねえよ」 遊びだと思った事も、服従させようとした事も、一度もない。 こうしている今も、アヤメは苦しがってなどいない。 常にお互いが『愛しい』と思い続けている。それが絶対的な自信なのだ。 この、少し距離を置いた時間すらも、二人が愛を育む為の行為でしかない。 ディアはオランの言葉を汲み取り、表情を少し緩めた。 「はい。申し訳ありません」 続けて、オランも口元を緩ませた。 「いいぜ。それに、奴隷は一人で充分だからな」 少しの沈黙の後、ディアが再び冷たい眼で睨み返して来た。 「それは誰の事でしょうか?」 「さあな?」 いつもの二人らしい会話が戻って来た。 そして、その日の夜がやってきた。 アヤメとリョウは、オランの部屋から何部屋か離れた部屋に居た。 オランの寝室よりは狭いがベッドがあり、自由に使ってもいいと与えられた部屋だった。 二人とも寝間着に着替えて、寝る準備は万端だ。 だが、それは見た目だけ。アヤメには眠気など全くない。 いつもと部屋が違うから、ではない。オランが隣に居ないからだ。 (一緒に寝ないって言っちゃったし……怒ってるかなぁ……) そう思っているアヤメは怖気づいて、オランの部屋に戻れないでいた。 本当は一緒に寝たい。温もりに包まれて眠りたい。朝まで一緒にいたい。 寝る前のキスだって、欠かしたくないのに……。 そう思っていると、先にベッドの布団に潜り込んでいたリョウが顔を出して、こちらを見ていた。 「お姉ちゃん、寝ないの?お兄ちゃんは、どこにいるの?来る?」 すでにリョウも、オランと一緒に寝るのが当たり前だと思っているのだ。 そんなリョウを見て、アヤメは胸が少し締め付けられるような気がした。 アヤメは自分の心の内を明かすように、幼いリョウに問いかけた。 「オランお兄ちゃんはどうして、私に『好き』って言ってくれないんだろうね?」 思えば習慣のキスも、いつも自分の方からしている気がする。 ……もしかして私の事、好きじゃないの? そう思ってしまうのは、まだ拗ねているからだ。本当は答えなど分かっているのに。 リョウは水色の瞳を大きく開いた。 「お姉ちゃんは、お兄ちゃんが好き?」 「うん。好き」 「じゃあ、お兄ちゃんも、お姉ちゃんが好きだよ」 リョウが当然の事のように言うので、アヤメは思わず吹き出して笑った。 「え?何それ、なんで分かるのー?」 リョウも笑顔になって、アヤメに小さな片手を開いて差し出した。 「ハイ、お姉ちゃん」 手を出して、と催促しているようだった。 「え?なぁに?」 アヤメは、差し出されたリョウの手の平に、自分の手の平を重ねた。 「いってらっしゃーい」 リョウがそう言うと、アヤメの体が光に包まれた。 アヤメが驚く間もなく次の瞬間には、その場からアヤメの姿は消えていた。 それは『空間移動』の魔法だった。 その頃のオランはベッドの上で、布団も被らずに仰向けに寝転がっていた。 何を考えているのかと言えば、もちろん、アヤメの事しかない。 夜になれば戻ってくると思っていたが、なかなかアヤメも辛抱強い。 来れば、優しく抱きしめてやるのに。 今朝の事など全て忘れるくらいに可愛がってやるというのに。 待ちきれなくて一人で眠れないでいるのは、オランの方だった。 すると、突然。 ドサッ!! 「きゃあっ!」 「うぉっ!?」 アヤメが空中から現れて落ちたのは、仰向けになったオランの体の上だった。 オランに覆い被さる形で、その胸の上に倒れ込んだ。 アヤメが顔を上げると、間近にオランの顔があり、目が合った。 胸と胸が重なり合い、お互いの心臓の鼓動も重なる。 ただ何も言わずに……深紅の瞳と、栗色の瞳の視線が重なる。
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