第7話『反抗期到来?』

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オランが驚いた顔をしたのは一瞬の事。 どうせまた、あのガキの『悪ふざけ』だろうと予測は出来た。 真顔のオランに見つめられて、アヤメが感じたのは、驚きでも気まずさでもなかった。 やっと……待ち望んでいた『彼』が、すぐ目の前に居る。 それは喜びと期待で胸が躍るような感覚に近かった。 アヤメは、オランの瞳から唇へと視線を移す。 (キス………したい……) 抑えられない衝動と本能に導かれるまま、アヤメはオランに自らの唇を近付けていく。 だが触れる直前になって、オランがそれを避けて上半身を起こした。 それによって、オランに覆い被さって倒れていたアヤメも一緒に起こされ、ベッド上に座った体勢で正面から抱き合う形になった。 キスの『おあずけ』をされたアヤメは、物欲しそうにオランを上目遣いで見上げた。 だがオランは静かな瞳のまま、アヤメの唇ではなく左手に触れて、そっと持ち上げた。 婚約指輪の嵌められている、アヤメの左手の薬指を見つめた。 「………力が弱まっているな」 「え?」 何の事だか分からないアヤメはオランの顔を見るが、彼の視線の先は指輪だ。 「大人しくしてろよ」 今朝の素っ気なかったオランとは違い、優しい口調だった。 オランはアヤメの左手を自分の口元にまで持ち上げると、指輪の宝石に口付けた。 「あっ………」 アヤメは思わず小さな声を出してしまい、恥ずかしくなって口を噤んだ。 昼に図書館で寂しくなった時に、自分も指輪の宝石にキスをした事を思い出したのだ。 指先が、温かい……熱を帯びて熱くなっていく気がする。 キスをされているのは、指ではなく指輪なのに……唇の熱が指に伝わるはずはないのに。 それなのに……熱を感じる。 オランは今、『口付け』という方法で、指輪に自身の魔力を注ぎ込んでいるのだ。 指輪の魔力は、オランから離れると効果が薄れてしまう。 今日は朝からずっとアヤメと離れた場所に居た為に、指輪の魔力が弱まってしまっていた。 魔力を込める方法なんて他にもあるのに、何故ここで『キス』という方法を選んだのか。 オランが指輪に口付けたまま、目線だけをアヤメに向けた。どこか意地悪く……楽しそうな眼で。 (ちがう、オラン…そこじゃない……) 思った通りだった。 アヤメは指ではなく、オランの眼を必死に見つめ返し、目で何かを訴えている。 唇を少し動かして『早く早く』と、せがむようだった。 (……お願い……キス……させて……) それは、まさしく『おねだり』という懇願だ。 それに気付いても、意地悪なオランは時間をかけて指輪に魔力を込める。 『おあずけ』を楽しみたいオランは、その快楽を簡単に手放す事はしない。 ようやく、オランは指輪から唇を離し、顔を上げた。 目の前では、アヤメが目を潤ませながら、何かを期待して待っている。 「なぁに欲しがってんだよ」 アヤメからは、今朝の反抗的な態度は微塵も感じられない。 「もう……キスしてもいい?」 迷う事なく即答したアヤメに、オランは少々驚いた。感心に近いかもしれない。 これは、調教による『禁断症状』なのだろうか。 今日の二人の『少し離れた時間』が、予想外の成果をもたらした。 今日は、今までにない何かをアヤメから引き出せるかもしれない。 オランの期待と願望は止まらなかった。 「その前に言う事があんだろ?」 それさえ言えば、キスを許される。そう教え込まれた日課だ。 「オラン、好き……キス、したい……お願い……キスさせて?」 必死で懇願するアヤメの言葉は、もう止まらなかった。 羞恥心も、反抗心も、全てが捨て去られていた。 「一緒に寝たい……寂しい……ごめん、な……さ……」 「オイ、泣くなよ」 オランが珍しく焦り出した。このままだとアヤメが大泣きしそうな勢いだ。 「それ命令?」 「あ~~そうだ、命令だ、泣くんじゃねえぞ」 「う……分かったぁ……」 従順なアヤメは、自分の涙すら抑え込んだ。そこだけは見事な感情コントロールだ。 いや、コントロールされているのはオランの方で、いつの間にかアヤメのペースだ。 「ったく……悪かったよ」 オランはアヤメを力強く抱きしめた。17歳の小さな身体は簡単に包み込む事が出来る。 気持ちを落ち着かせようと、頭を優しく撫でてやる。 ずっと求めていた温もりに包まれて、アヤメは彼の胸に顔を押し付けて微笑んだ。 アヤメは顔を上げて、先ほどよりも近くにあるオランの顔に問いかけた。 「怒ってる?」 「オレ様が、いつ怒った?」 「じゃあ、キス?」 いい加減キスしてやらないと、この可愛い『おねだり』は永遠に続きそうだった。 そんなアヤメを見続けたいとも思うが、今日のアヤメは上出来だ。 怒るどころか、ご褒美を与えて褒めてやるべきだろう。 オランは真剣な眼差しで、赤の瞳にアヤメの瞳を映した。 「好きだ。アヤメ」 その言葉に驚いたアヤメが何かを言おうと、唇を開いた瞬間。 その唇を塞ぐかのようにオランが深く重ね、口付けていた。 腰の後ろに回されていたオランの両腕が、アヤメの身体を強く引き寄せた。 「……んっ…………」 やっと、待ち望んでいた温もりと感触を与えられ、悦びと快感に身を任せる。 自分からのキスではない。オランから与えられたキスだ。 アヤメはその『ご褒美』を、酔い痴れるように目を閉じながら味わっている。 もう、ずっと離れたくない。 そう思わせる程に全てを受け入れるアヤメの姿は、オランをも満たしていく。 ようやく離されると、オランは今朝と同じように『言葉攻め』でアヤメの反応を試す。 「なんだよ、物足りねえような顔してんなぁ?」 まだ夢見心地で呆然としているアヤメは瞬きもせずに、まだ熱の残る唇を小さく動かした。 「うん……もっとして……」 明らかに今朝とは違う反応を示した。 恍惚としながらも妖艶な微笑みは、少女が女に変わる瞬間を垣間見た気がした。 キス1つするのに必死になっていたあの頃から見違えて、ここまでの仕上がりになるとは。 その出来映えには感嘆する。 そんなアヤメの姿は、自ら手掛けた芸術作品の完成を見るようで、オランに確かな満足感を与えた。 だが満足していないのは、アヤメの方だった。長い期間の渇望は、1回のキスでは満たされない。 だが、満足させないのが、オランの『調教』。ご褒美は一度に何度も与えてやらない。 「そうだなぁ……いい子にしてたら、またしてやるよ」 そう言ってオランは、アヤメの頭を優しく撫でた。 「いじわる……」 子供扱いされたようで、アヤメは頬を膨らませた。 女になったかと思えば、すぐに少女に戻る。 反抗期かと思えば、やはり従順で自分を求めてくる。 目紛しく表情を変える姿すら、オランを悦ばせる快楽の1つなのだ。 アヤメは、すぐにその顔を微笑みに変えると、改めて向かい合う。 ここからは、いつもの『習慣』を行うのだ。 それを理由に、もう1回『アヤメからのキス』が許される。 「おやすみ、オラン」 「それだけか?」 初めて『好き』と言ってくれた彼に返す言葉は、これしか見付からなくて…… 彼の『好き』よりも、もっと沢山の『好き』を込めて返したい。 いつもの言葉だけでは、物足りないから…… 「……好き」 そうして今度は二人で眠る為の、優しい『口付け』を交わす。 微笑みを交わした後に再び抱き合い、ようやく二人は同じベッドで眠りについた。 反抗期も悪くはない……オランは、そう思いながらアヤメを抱き寄せて、栗色の髪を撫でた。 「ディアお兄ちゃん、一緒に寝よう~~」 その頃のリョウは突然、ディアの部屋に押し掛けて、怖いもの知らずの彼を驚かせた。 「リョウ様……どうされたのですか?アヤメ様は?」 リョウはお構いなしにディアのベッドに上がり、布団の中に入り込んだ。 何かいい事でもあったのか、ご機嫌なリョウはニコニコして布団から顔を出した。 「お姉ちゃんとお兄ちゃん『らぶらぶ』なの~」 ディアはその意味を想像して固まった。だがリョウは止まらない。 「だから、ジャマはダメなの~~」 「え、ええ……そうですね。ご立派です、リョウ様」 何かがあったかと思って散々、心配したのに今度は……… ディアは失礼を承知で今、二人に言いたい事がある。 ………結局は、ノロケだったのか。 言える相手もなく、言えるはずもない言葉は、心の中での一人ツッコミで終わった。
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