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第10話『最高の選択』
ここは、魔王専用の大浴場。
何十人もの人が一度に使用できそうな程の広い浴場。
大人でも泳げそうな大きさの浴槽には、菖蒲の花が浮かべられている。
花の香りと湯気に包まれた大浴場は、オランとアヤメとリョウの3人で貸し切りだ。
一時もオランと離れたくないアヤメは、今ではオランと一緒に入浴するまでになった。
オランが強要した訳ではない。アヤメ自らが、そう望んだのだ。
「魔王様、お背中流しますね~」
オランの背中から、アヤメのふざけた言い回しの声が響いてくる。
「なんだよ、その口調」
「ふふっ……なんとなく、雰囲気」
「なんだそりゃ」
オランの広くて大きな褐色の背中を、アヤメは白いタオルと石鹸の泡で優しく洗う。
背中を向けているこの体勢だと、オランからはアヤメの姿が見えない。
アヤメは一応、体にタオルを巻いている。
恥ずかしいという理由ではなく、オランの自制心を保つ為にそうさせた、という方が正しい。
「はい、オラン、羽根出して~」
アヤメはオランに、普段は魔法で隠している背中の羽根を出すように催促した。
オランの背に生えた、コウモリのような2対の黒くて大きな羽根。
アヤメはそれも1枚ずつ、石鹸を含ませて泡立てたタオルで丁寧に擦り洗いしていく。
洗い終えると、アヤメはツルツルになった翼を手で撫でながら、頬ずりをしている。
「オイ、遊ぶなよ」
「だって、オランの羽根、好き」
「なぁに言ってんだよ、全部だろうが」
「うん、全部好き♪」
アヤメの可愛い『お遊び』は、それだけではない。
オランが少し目を離すと、すぐにアヤメはリョウと遊び出すのだ。
「お姉ちゃん、あわあわ~~」
「フワフワだね、面白いね~~オラン、見て~面白いよコレ!!」
泡立つ石鹸が珍しいアヤメは、リョウと一緒に泡まみれになって遊んでいる。
艶かしいとか色っぽいとか言う以前に、例え裸であっても、これでは何も見えない。
「あぁ、そうかよ。そりゃ良かったなぁ」
オランは呆れ顔で一人、湯船に浸かった。
所詮は17歳の少女と、3~4歳の子供だ。遊ばせておいてやる。
いずれは自分も、アヤメと浴場で遊んでやろう……
オランは湯に浸かりながら、大人の企みを脳内に巡らせていた。
風呂上がりの女ほど、艶やかなものはない。
桜色の頬、火照る体、濡れ髪……
それらは、まだ少女でしかないアヤメの色気を引き出し、存分に際立たせる。
触れる程に近付けば、アヤメの全身から菖蒲の花の香りを微かに感じる事が出来る。
どれもこれも、湯に浮かべた菖蒲の花の効能なのだろうか。
オランはベッドの上で座りながらアヤメを正面から抱き、髪に残る香りを楽しむ。
アヤメは嬉しそうに微笑むと、紅潮した頬をさらに濃く染めて顔を近付けてくる。
最近では、すぐ隣にリョウが居ようが、お構いなしに『寝る前のキス』をしてくるようになった。
リョウも、後ろを向いて『寝たふり』までしてくれるようになった。
「お休み、オラン。大好き」
そうして、いつもの口付けと共に、一日が終わる。
いつもの朝が訪れる……はずだった。
早朝、オランは何かが布団の中でモゾモゾと動く違和感に目を覚ました。
薄く目を開けて見ると、アヤメが不自然に布団の中で動いている。寝返りでもなさそうだ。
しばらくしても止めそうにないので、見兼ねて口を開いた。
「……何してんだよ」
オランの言葉に驚いて、アヤメの肩がビクっと反応した。そして、すぐに動きを止めた。
顔だけで向かい合うが、どこかアヤメの目が泳いでいる。
「何でもないよ、オラン……おはよう」
アヤメはそう言って、習慣の『朝のキス』をしてくる。
だがオランは、少しの変化も見逃さない。
明らかに、いつものアヤメの表情・動作とは違う。
さらに注意深く、アヤメの隅々まで目で確認しようとするが、アヤメがその視線を遮った。
「オラン、だめ。目逸らさないで……ね?」
そう言って今度は真直ぐに視線を合わせ、懸命に見つめてくる。
その可愛さに油断したオランは我を忘れて、思うままにアヤメを抱きしめてやった。
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