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第11話『密かなる想い』
夢のような『求婚』から一夜明けて―――
朝には、アヤメの体調はすっかり回復していた。
それは指輪の力なのか、それとも愛の力なのか……?
今日は天気も良かったので、城の中庭に面したテラスで朝食を摂った。
そこは充分な高さのある壇上で、菖蒲の花畑が一望できる特等席だ。
オラン、アヤメ、リョウ、ディアの4人がテーブルに着き、食後にくつろいでいた。
「ディアさん、聞いて~!私、オランと婚約したの」
アヤメが満面の笑顔で突然、ディアに向かって報告をした。
だが、ディアはいつものクールな表情を崩さずに当然の疑問を返す。
「え……すでにお二人は婚約されてましたよね?」
ディアの言う事は、もっともである。
アヤメは魔界に来てすぐにオランから『妃にする』と宣言され、婚約指輪も与えられた。
その時点で、婚約は成立しているはずなのだが……。
だが、アヤメの一方的なハイテンションは止まらない。
「ディアさん、見て~!ほら、婚約指輪」
嬉しそうに、左手の甲をディアの方に向けて見せてくる。
「え……いつもの婚約指輪ですよね?」
見慣れた指輪を堂々と向けられて、ディアは戸惑った。
噛み合わないやり取りを見兼ねたのか、オランが無愛想な態度で口を挟む。
「空気読め、ディア。無粋だぜ」
「ディアお兄ちゃん、ぶすい~~」
すかさず、リョウがオランの真似をしてディアに返した。おそらく意味は理解していない。
「え……も、申し訳、ありません……?」
ディアも意味は分からないが、とりあえず謝った。
ディアが注意深くオランの顔色を伺うと、何故か少し照れ臭そうにしている。
こんな魔王サマの表情は、未だかつてない……ようやくディアは察した。
そうか……ついにプロポーズしたのか、と。
どうも手順が逆のような気もするが、それがどのような結果であったかはアヤメを見れば一目瞭然だ。
「魔王サマ、アヤメ様。おめでとうございます」
ディアは優しく微笑みながら、二人に向かって祝辞を述べた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、おめでとう~~?」
リョウがディアの真似をするが、やはり意味を分かっていなくて、最後が疑問形になる。
「ふふっ。ありがとう、ディアさん、リョウくん」
素直に喜びを表現するアヤメとは逆に、オランは口を閉ざしたまま動きがない。照れ隠しだろうか。
それをいい事に、ディアが悪戯をしかけた。
「アヤメ様。魔王サマからは、どのようなお言葉で?」
なんとオランの目の前で、プロポーズの言葉をアヤメから聞き出そうとしたのだ。
「え~とね、それは……」
アヤメは喜びのあまり、そのまま全てを言いそうな勢いだ。
さすがに、オランは黙っていられない。
「アヤメ!!」
「はっ、はいっ!?」
突然の一喝に、アヤメは反射的に姿勢を正して返事をしてしまう。
オランは隣に座るアヤメと向かい合い、その肩を両手で掴んで強引に引き寄せる。
すぐにキスできそうなくらいの至近距離だ。
「それ以上言うなら、その口を塞ぐが…いいのか?」
「え……うん、……いいよ……」
逆に期待してしまい、頬を赤くして目を閉じるアヤメ。完全にキス待ちの構えだ。
突然、イチャつき始めてキスしそうな二人の前で、ディアは遠い目をした。
「リョウ様、私と一緒に庭園をお散歩しましょうか?」
「うん、行くー」
これ以上、幼子に大人の恋愛を見せてはいけないと思い、ディアはリョウを連れ出した。
アヤメとオランは二人の世界に浸り、良いムードで見つめ合った末に…結局は濃厚に口付けてしまった。
……幼子が見ていなくて、良かったかもしれない。
「…でも私、お嫁さんになるなら、もっと勉強しなきゃ、って思うの」
アヤメが突然、話を切り出してきた。
「あぁ、夜の事なら存分に教えてやるぜ…?」
「え、夜?何の事?キスじゃなくて?」
相変わらずアヤメは、天然なのか勘違いなのか曖昧な反応を返す。
「私、お城の外に出てみたい。魔界の色々な場所を見てみたいの……だめ?」
アヤメの要望を聞いたオランは、その心意気に感心した。
オランに従う事ばかりの従順なアヤメが、自らの意思で成長しようという心意気を見せた。
城に閉じこもる生活であっても、何ひとつ不自由はない。
だが、アヤメは魔界の事を本で知るだけでは足らず、自分の目で見て歩きたいと思ったのだ。
王妃になる為には、それも必要な勉強の1つだろう。
「あぁ、いいぜ。城下町だったら、好きに歩いても構わねぇ。付き添いはディアに任せる」
「え?オランは一緒に行かないの…?」
当たり前のようにオランと一緒に行く事を想定していたアヤメは、肩を落としてガッカリした。
デートみたいな事を想像して期待していたのだろう。
そんな分かりやすい落胆すらも可愛くて、オランはアヤメの頭の上に優しく手を乗せる。
「今度の休みに、山とか海とか魔界の名所に連れて行ってやるよ」
さすがに、王が繁華街を堂々とデートして歩く事は簡単に出来ない。
ただ街を歩くだけでも警備や通達など、人々の手間がかかってしまう。
行くなら人の生活していない場所を選んで行くという事なのだ。
「本当!?嬉しい、楽しみにしてるね!」
オランとの初デートの約束に、アヤメは胸を躍らせた。
庭園の方では、ディアとリョウが地面に落ちた菖蒲の花を拾い集めていた。
入浴時に浴槽に浮かべている菖蒲の花は、自然に茎から地に落ちた花や花びらを利用している。
花を大切にしているアヤメは、花を切る事を望まないからだ。
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