第3話『天王降臨』

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シンプルな内装の広い会議室の真ん中に、大きなテーブル。 オランとアヤメは、そこに並んで座っている。 そのすぐ横には、書類や手帳などを手に持ったディアが立っていた。 しばらくすると、会議室の扉が開いた。 使用人の女性に案内されて入って来たのは、天界の王。 長いアクアブルーの髪と瞳。女性と見間違える程に中性的で、秀麗な顔立ちをしていた。 年齢は推測出来ないが、オランと同じく、見た目20代くらいだろうか。 「よく来たな、天王」 「お邪魔する、魔王」 魔王と天王の挨拶は、たった一言の素っ気ないものだった。 お互い、余計な挨拶や面倒な礼儀などは、必要としない仲なのだ。 天王は、オランの隣に座る少女の存在に気が付いた。 「……おや。初めてお目に掛かる。私は天界の王・ラフェル。以後、お見知り置きを」 アヤメは天王に視線を向けられて、ドキッとした。 挨拶も忘れて、天王の美しさと神々しさに見とれてしまっていたのだ。 アヤメは慌てて席を立った。 「は、初めまして、私は…魔王……じゃない、オラン……」 「そこは『魔王』だ」 「魔王様の……いいなづけ?……の」 「婚約者、だ」 「魔王様の婚約者のアヤメです……!」 隣から聞こえて来るオランの助言で、何とか言い切ったアヤメ。 オランは笑い出しそうになるのを我慢して、目の前に着席した天王に向かって堂々とした態度で一言。 「ま、そういう事だ」 だが天王は微笑み一つなく、冷たい程に落ち着いている。 「どういう事かは知らぬが、魔王が婚約したとは驚いた。見た所、人間のようだが」 そう言う天王は無表情なので、驚いた顔をしている様には見えない。 「まぁ、決まったばかりなんでな。いい女だろ?」 そう言って、オランはアヤメに目配せするが、アヤメは頬を紅くして俯いてしまった。 オランは、婚約者を自慢したいのではない。ただ、アヤメの反応を楽しんでいるだけなのだ。 「では改めて、婚礼の儀には祝いを贈らせてもらおう」 天王が、一応の礼儀を口にすると、その話はここで終わった。 そこから先の魔王と天王の会議の内容は、難しく聞き慣れない言葉ばかりで、よく理解はできなかった。 ただ、魔界と天界は協定を結んでいて、敵対はしていない、という事は分かった。 時々、ディアが発言の内容をメモしていた。議事録だろうか。 会議の最後、席から立つ時に、天王は相変わらずの無表情で、オランに告げた。 「人間は長くは生きられぬ。承知の上か?」 アヤメは、その言葉が自分の事を言っているのだと気付いた。 急に、場の空気が重くなるのを感じた。 だがオランだけは、いつもの調子を崩さなかった。 「決まってんだろ。問題ねえよ」 アヤメはその後もずっと、不安に似た心のモヤモヤを抱えていた。 問題ないと言われても、どういう根拠で、どういう理屈なのか、何も解らない。 その日の就寝前に、アヤメは思い切ってオランに疑問を伝えてみた。 「その……悪魔の寿命って、どのくらいなの?」 オランが、その質問の真意に気付かない訳も無い。だが平然と答える。 「さあな。数万年、って所か」 気の遠くなるような時間をサラっと言われて、アヤメは言葉が返せなかった。 ………私は、そんなに長くは生きられない。 例え結婚しても、一緒に居られる時間は、寿命の長い悪魔にとっては一瞬の事なのだろう。 ずっと沈んだ表情のアヤメの不安を拭おうと、オランがアヤメの左手を取った。 その白く小さく細い薬指には、婚約指輪の赤い宝石が光っていた。 「この指輪には、人間の寿命を悪魔と同等にする効果もあるんだぜ」 「えっ…そうなの!?」 「あぁ、だから外すなって言ってんだよ」 オランが嘘や冗談を言っていないのは、真剣な眼差しから伝わる。 オランを信じ切っているアヤメの心は、不安から安心へとすぐに移り変わって行った。 「なんだか、すごいのね、この指輪。色んな力があって」 体力の消耗を防いだり、寿命を延ばしたり。 だがオランにとっては、その指輪の本来の意味は『婚約の証』である。 しかしオランはここで1つ、本当の『嘘』をついた。 寿命を延ばす事は、例え王でも、神でも、不可能なのだ。 指輪の魔力で、この先何年生きようと、アヤメは『姿だけ』は少女のままで、ずっと変わらない。 だが……寿命は、人間と変わらないのだ。 「それよりもアヤメ、寝る前に必ず、する事を教えてやろう」 「え?そんな事があるの?」 「あぁ。魔界ではな、一緒に寝るヤツとは、寝る前に口付けをするモンなんだ」 「そ、そんな事、昨晩は言ってなかったけど……?」 朝、起きたら口付けして、夜、寝る時も口付けするのだろうか? さすがのアヤメも冗談に気付くと思いきや、すぐに信じてしまう純粋さが面白い。 「あとな、口付けは『キス』とも言うんだぜ。いい響きだろ?」 「きす……?お魚の名前みたい」 相変わらずの天然な発想に、オランは笑わずにいられない。 「さぁ、アヤメ。寝る前のキスだ。もう出来るよな?」 「う、うん……」 オランには、ある野望があった。 アヤメを、自分なしでは夜も寝られずに、朝も起きられないように…… 「お休みなさい、オラン」 ずっと、自分から離れられないように…… 自分なしでは、生きられないように…… 「よく出来たな、上出来だ」 あらゆる手段を使って、その心と体に教え込ませてやる。 「だが、まだまだ……だな」 命令ではなく、自分の意志で、アヤメの口から『愛している』と言わせてやる。 完璧に、自分に溺れさせてやる。 だが、オランは気付いていなかった。 オラン自身が、すでにアヤメに『溺れてしまっている』という事に。 従順な婚約者に動かされているのは、魔王自身なのだ。
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