第18話『婚礼の儀式』

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そんな、ちょっとした騒動もありつつ…… 薄い小麦色に日焼けしたアヤメの肌が、元の色に戻りかけた頃。 簡略化された『婚礼の儀式』が執り行われた。 オランとアヤメの正式な『結婚式』である。 会場は、以前のパーティー会場よりは小さめの、城の一角にある広間。 式の直前の控え室には、オランとアヤメの二人きり。 新郎新婦である二人は向かい合って、お互いの衣装に見入っていた。 「今日は格別に綺麗だぜ、アヤメ」 「ふふ。オランも、すごく素敵」 アヤメが身に纏っているのは、純白のウエディングドレスだ。 幾重にも重ねられたレースが、アヤメを取り囲む白い花のように、ふわっと大きく広がっている。 肩から胸元までの肌を露にして、首周りには光輝く銀のネックレス。 頭上には、ダイヤやパールなどの宝石が施された銀のティアラ。 オランは魔界の王らしく、黒のタキシードだ。 いつものワイルドさと王の威厳に加えて、紳士のような気品も感じさせる。 魔界の礼服は黒が常識であるが、アヤメのドレスは純白。 それはドレスの発注時に、アヤメ自身の意思で希望した色であった。 魔界の常識もルールも関係ない。二人の色は二人で決める、二人だけのもの。 「オラン、私…幸せ。すごく幸せ」 「あぁ、オレもだ」 アヤメが噛み締める『幸せ』とは、家族だ。 アヤメはすでに両親を亡くしており、家族はいない。 今、こうして愛する夫、そして……まだ名もない、愛する我が子。 もちろん、ディアやリョウも家族のように愛しい存在だ。 魔界に来て、愛する人達に恵まれて、これ以上に何を望むのだろうか。 アヤメは『もう一人の家族』が宿る自分のお腹に、そっと片手を添えた。 まだ、膨らみは感じられない。 だが、こうして触れていると、小さな命を感じられる気がする。 「オランのお嫁さんになれて、この子も一緒に式を迎えられ…て……あ、あれ…?」 アヤメの瞳には今にも零れ落ちそうなほどの涙が溢れていて、それに気付いたアヤメ自身が驚いた。 嬉しいのに、幸せなのに、なぜ泣いてしまうんだろう? あの時と同じだ。オランが求婚(プロポーズ)してくれた、あの時と……。 嬉しさからくる涙もあるのだと、初めて知った瞬間と同じ感覚。 オランが言うべき言葉は、『幸せにしてやる』でも『幸せになろう』でもない。 アヤメは、すでに幸せにしてもらった。すでに幸せなのだから。 それならば、これから先の未来に向けての、オランの言葉は…… 「もっと幸せにしてやるよ」 その力強い言葉に、アヤメは涙ぐんだ瞳に笑顔を加えて頷いた。 「うん。もっと、ずっと、幸せにしてね」 「あぁ。もっと、ずっと…永遠にだ」 それはオランが捧げる、永遠の愛の『誓い』であった。 見つめ合う二人は自然の成り行きで、お互いの唇を近付けていく。 だが、もう少しで触れそうな所で同時に止まり、寸止めとなった。 アヤメは薄く化粧をしているので、キスをしたら口紅が落ちてしまう。 それに気付いた瞬間、キス寸前の至近距離で何とか思い止まった。 ……誓いのキスなど、後でいくらでもできる。 ここは厳粛な儀式を重んじるべきだと、理性がキスを押さえ付けた。 だが、この『寸止め状態』が何故かおかしくて、お互い顏を見合わせたまま笑った。 化粧も、ドレスも、タキシードも、いつもらしくない二人。 その非日常感が、特別な空気を作り出したのだろう。 笑いが収まると、オランはアヤメの正面から移動して右横に並ぶ。 そして、アヤメの方へと左手を伸ばした。 アヤメは右手でその手を握り、オランと手を繋ぐ。 「時間だ。行くぜ、アヤメ」 「うん」 アヤメは、もう片方の左手で自分の腹部に手を当てた。 右手でオランと手を繋ぎ、左手は我が子へと繋がっている。 今、確かに『家族』が繋がっている。 アヤメは目を閉じると、お腹に宿る小さな命に伝わるように、心の中で話しかける。 (お母さんと、お父さんの結婚式だよ。一緒に行こうね) お腹に触れているアヤメの左手の結婚指輪が、照明の光を受けて小さく光り輝いた。 アヤメの手を握るオランの左手の薬指でも、お揃いのそれが同じ輝きを放っている。 アヤメとオランは式場に繋がる扉の前へと進み、並んで立つ。
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