第18話『婚礼の儀式』

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そして、式も終わりに近付いた頃。 長椅子でアヤメと並んで座っていたオランが突然、意気込んで立ち上がった。 「よし、そろそろ『誓いのキス』だな」 儀式に、そのようなプログラムはない。オランの独断と思い付きだ。 オランはアヤメを椅子から立たせると、向かい合った。 「皆の衆!!注目しなぁ!!」 その言葉がなくとも当然、二人は全客の注目を浴びる。 「これが、オレ様の『誓い』だ!よーく見とけ!!」 アヤメはオランが何を求めているのか、これまでの豊富な経験で察知する。 両肩を掴まれ、引き寄せられて、今まさに唇が触れようとしていた。 「オラン、お化粧が……」 「式の終わりだ、もういいだろ」 「……でも、恥ずかしいよ……」 「なら、やめるか?」 「ううん……したい……」 オランにキスを求められて、アヤメが拒むはずもない。 どんな時でも場所でも、オランの愛の調教は何にも勝るのだ。 「愛してるぜ、アヤメ」 「うん、オラン愛してる……」 二人の世界に存分に浸った後、結局は公衆の面前で熱いキスを交わす。 キスに関しては、決して簡略化しない二人であった。 「さてアヤメ、最後にコレを投げろ」 「え?投げるの?いいの?」 「いいんだよ。適当に放り投げろ」 「うん。えいっ!」 式が終わりに近付き、会場内を忙しく歩き回っていたディアが、何かを感知した。 (これは……殺気!?何者!?) 自分の頭上めがけて、何かが落ちてくる気配がした。 ディアは頭部を守ろうと片手を上げて、それを防ごうとした。 ぽすっ そんな軽い音と共に、それを見事に片手でキャッチした。 ディアの頭上に落下してきた『何か』は、妙に軽く柔らかい。 それは、菖蒲(あやめ)の花束だった。 「あっ!ディアさんが受け止めたよ!」 「やるじゃねーか、ディア」 ディアは、ポカンとして遠くの新郎新婦を見つめる。 それがブーケトスであったと気付くまで、少しの時間がかかりそうだ。 アヤメが式の最中、お腹の子の象徴のように持っていた、菖蒲(あやめ)の花束。 今はディアの腕の中で、赤子を抱くようにして持たれている。 それが、何を意味するのか……? 菖蒲(あやめ)の花言葉は『希望』。 いつか、ディアにも本当の幸せが訪れるに違いない。 こうして、正式な『結婚式』を終えた二人。 晴れて、魔界の誰からも認められる夫婦となった。 『婚礼の儀式』を終えた日の夜の寝室、就寝前。 「はぁ~~やっと、落ち着いたぁ……」 風呂上がりの寝間着姿で、アヤメはベッドに仰向けに倒れた。 結婚パーティーを終えた日の夜と全く同じ言葉・動作である。 リョウは興奮冷めやらぬ様子で、アヤメの顏を覗き込む。 「ボク、パーティー大好き!また行きたい!」 「えぇ?もう当分ないと思うよ~…ねぇ、オラン?」 「当分ねぇだろ」 今後はしばらく、アヤメの出産に向けての日々になるからだ。 アヤメは仰向けになったまま、お腹にそっと両手を添えて撫でた。 お腹の子にも『今日はお疲れさま』と伝えているのだ。 確かにこの子も、アヤメに連れられて一緒に結婚式に参加したのだから。 (もしかしたら私の緊張が伝わって、一緒に緊張しちゃったかな?) 我が子と会話するように、そんな気遣いをも伝えていた。 そして起き上がると、残念そうにしているリョウに笑顔で話しかける。 「赤ちゃんが生まれてから、また色んな事しようね」 「うん!ボク、待ってる!」 「ふふ…じゃあ、お休みなさい、リョウくん」 「おやすみなさーい」 そう言ってリョウを寝かし付けた後、アヤメは反対側を向く。 「お休みなさい、オラン」 「それだけか?」 「……好き」 習慣の『寝る前のキス』を交わした後、アヤメは再びお腹に両手を添える。 「おやすみなさい」 それは、お腹の中の子に向けた言葉。 そうして、3人……いや、4人は同じベッドで眠りにつく。 寝る前の習慣に、もう1つの『おやすみ』が加わった。
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