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第20話『未知なる天使』
アヤメの宿した小さな命は、服の上からでも膨らみが分かるほどに成長した。
心配された懐妊の経過は、普通の人間と変わらずに順調であった。
キスを無性に欲する『キスつわり』……以外は。
いつもの朝。
アヤメはベッドの上に座って、自分のお腹に両手を添えている。
その後ろから、オランがアヤメを包むように抱きしめた。
「オラン。この子…今すごく、ご機嫌みたい」
「へえ、分かるのか」
アヤメは背中を包む温もりと、お腹の子の命を感じながら目を閉じた。
「うん、すごく元気なの。あ、また動いた」
この頃のアヤメは、すでに自身で胎動を感じ取れるようになってきた。
「早くお外に出たいんだよね。お母さんも頑張るからね」
そう優しく囁くアヤメは、すでに母性どころか聖母に重なって見えるほどの包容力を感じさせていた。
オランは背後から回した両手で、アヤメのお腹に触れた。
大事な物を優しく包むようにして触れるオランの手の温もりを、アヤメは心地よく感じた。
「……あぁ。確かにオレ様と同じ魔力を感じるな」
「この子の魔力?もう分かるの!?」
オランはアヤメのお腹の上から、まだ見ぬ我が子の魔力を感じ取っていた。
すでにオランが感じ取れるほどの魔力を胎児が宿している事に、アヤメは驚いた。
さすが魔界一の強大な魔力を持つ、魔王の子供だ。
だが……オランは笑ってはいなかった。
確かに魔力は感じる。それは間違いなく、自身と同じ魔力を宿している。
(だが……弱い、な……)
オランは心で呟いた。
オランが感じ取ったのは、悪魔の子にしては弱すぎる魔力の質であった。
まだ小さな命だから微弱なのではない。魔力そのものの性質が弱い。
それは、分かっていた事ではあった。
生まれてくる子は、純血の悪魔ではない。人間の血も受け継いでいるからだ。
悪魔としての完全な魔力を持たず、成長しても多くの魔法は使えないかもしれない。
それは魔界の王族としては、過酷な運命を背負って生きていく事を意味する。
だがオランは、それをアヤメに告げようとはしなかった。
「ねぇ、オラン……」
アヤメが突然、オランの方を向いて物欲しそうにしている。
続きを聞かなくても、この表情と仕草でアヤメが欲しているものが分かる。
「あぁ、いいぜ」
そうして、二人は自然と引き合うようにして唇を触れさせる。
ようやく離れたと思ったら、2度…3度と繰り返す。
朝の習慣のキスの回数を増やせば、『つわり』の予防になる事が分かったからだ。
その時、いつの間にか起きたリョウが、二人をじっと見つめている事に気付いた。
「あっ…リョウくん、おはよう」
充分な回数のキスを終えたアヤメは、頬を赤らめてオランから離れる。
……いつから見られていたのだろうか。油断しすぎであった。
しかしリョウはベッドの上を這って、アヤメではなくオランの方へと近付いた。
さらに、何故かオランの右手をぎゅっと握ったのだ。
オランは、あからさまに怪訝な顏をした。
「あぁ?何の真似だよ」
「ねえ、お兄ちゃん。ボクの魔力は?かんじる?」
リョウは、オランがアヤメのお腹を触って胎児の魔力を感じていた所を見ていたのだろう。
だが、オランはリョウに構う気がない。全く乗り気ではない。
「知らねえよ、興味ねぇ」
素っ気なくリョウの手を払いのけようとした所で、アヤメの一喝が飛んできた。
「オラン、めっ!!意地悪しないの!!」
そのアヤメらしからぬ気迫に、オランの動作が停止した。
やはり母性の成長も著しく、アヤメはリョウに関しては別人のように強気に出る。
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