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第21話『封印された魔獣』
月夜の晩――
ディアは、自室のガラス窓から夜空を見上げていた。
僅かに欠けた、満月に満たない月……
それを見ながら、何かに思い耽っていた。
ふと、ガラスに映る自分の姿に視線のピントが合う。
淡いブルーグリーンの髪に、黄色の瞳、中性的な顔立ち。
僅かに20歳に満たない青年、19歳という例えがしっくりくる見た目。
だが……それは、オランに与えられた『仮の姿』でしかない。
いや、強制的に魔獣の姿を封印され、人の姿を成しているに過ぎない。
ディアは満月の光を浴びると、魔獣の姿に戻ってしまう時がある。
それは、『封印』の力に抵抗する意識の残骸。
ディアの魔獣としての『本能』なのかもしれない。
(私は、人なのだろうか、魔獣なのだろうか……)
ディアはガラス窓を開けると、テラスに出て階段を下る。
その下は、菖蒲の花畑が広がる中庭に直通している。
花畑は、夜になるとライトアップされる。
控えめな光が花を照らし、幻想的な紫の色を一面に浮き出している。
その頃、アヤメも寝室の窓から一人で月を見上げていた。
月の光に引き寄せられるようにして窓を開けると、テラスに出る。
(わぁ…満月…じゃない、ちょっと欠けてるかな?)
大きなお腹を抱えて、ゆっくりと慎重に階段を下りて中庭へと出る。
すると、微かに明るい花畑の片隅に潜む、大きな何かを発見した。
黒い毛並みにコウモリのような黒い羽根を持つ、巨大な犬の魔獣。
アヤメは、それがディアであるとすぐに気付いて駆け寄ろうとした。
だが、お腹の重みに気付き、ゆっくりと歩いて近付いていく。
ディアは巨体を丸めて闇夜に潜み、存在を隠しているかのようだ。
アヤメがディアの体に優しく触れると、申し訳なさそうな弱気な瞳で見返してきた。
「ディアさん、どうして魔獣に……あっ、満月?」
アヤメが夜空を見上げると、確かにそこには満月が……
いや、満月ではない。微かに欠けている。
月の形と人の心は、どちらも不安定なもの。
ディアが魔獣の姿に戻ってしまう条件は、あくまで目安。
今夜は少し欠けた月ではあるが、ディアの心が影響して発動してしまった。
「このままじゃ、オランに怒られちゃうよね。どうしよう……」
普段から『満月の夜に外に出るな』とディアに言い聞かせているオランだ。
今夜は満月ではないが、勝手に魔獣に戻ってしまった失態を咎めるに違いない。
アヤメは、ディアがそれを恐れて落ち込んでいると思っている。
「でもオランの魔法じゃないと、ディアさんを人の姿にできないし……」
アヤメが顎に手を添えて考え込んでいると、視界に入った自身の左手を見て気付いた。
左手の薬指の『結婚指輪』に。
「私にも、魔法が使えるかも……」
結婚指輪には、オランの魔力が込められている。
それを制御できればアヤメにも魔法が使えると、死神グリアから教えてもらった。
魔法の使い方が分からなくても、指輪に念じれば応えてくれるという。
アヤメは両手を広げて、ディアの黒い毛並みに埋まるようにして抱きついた。
(ディアさん、お願い……人の姿に……)
目を閉じて念じると、アヤメの左手の指輪の赤い宝石が光を放った。
その赤い光はディアを包むようにして広がり、その体に同化するように溶け込んだ。
光が収まってアヤメが目を開けると、そこにはいつもの『彼』がいた。
魔獣ではない、人の姿をしたディアである。
しかもアヤメが抱きついたままなので、抱き合うような形で。
「あっ…アヤメ様……」
「ディアさん、良かった!これでオランに怒られないね!」
自分にも魔法が使えた事に、アヤメは感激している。
さらにオランに怒られないで済むと思ったアヤメは、手放しで喜んでいる。
そんな純粋なアヤメを目の前にして、ディアは笑顔を返すことができない。
「アヤメ様…ありがとうございます。申し訳ありません」
「うん、オランには内緒にするから大丈夫」
「いえ…そうではなく……」
オランにしか、ディアを人の姿に変える事はできないと思っていた。
アヤメが、契約を交わした『主人』であるが故の力なのか……
指輪に込められた魔力が、オランのものであるが故なのか……
悪魔の子を身籠り、自身にも魔力を帯びているが故なのか……
それとも、ディア自身の意思が働いたのか……?
真相は分からない。
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