第21話『封印された魔獣』

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ディアは人の姿となっても、まだ思い詰めて視線を落とす。 「人の姿を留められず、魔獣でもいられない…どちらが本当の自分なのか……」 自分の意思で姿を変える事も、選ぶ事もできない。 重く沈んだ言葉を漏らすディアの前でも、アヤメは笑顔を崩さない。 「どっちもディアさんだと思うの」 選ぶ必要なんてない、答えを出す必要もない。 それがアヤメの『答え』なのだ。 当然の事のように自然と紡がれた言葉が、ディアの心に響いた。 人と魔獣の間で迷っていた自分が、遠く彼方に掻き消されていく。 どちらの自分も受け入れてくれた『主』。 どちらの姿であろうとも、主の為に忠義を尽くす。 そう改めて誓う事で、これからも生きていけるとディアは思った。 「あ、そろそろお風呂に入る時間。戻らなきゃ」 テラスへの階段を上ろうとするアヤメの身体を、ディアが優しく支えた。 そしてアヤメの片手を握ると、一緒に階段を上っていく。 「ゆっくりお歩き下さい。お足元に気をつけて」 「うん、ありがとう。ふふ、お腹おも~い」 きっとアヤメは、指輪がなくても『魔法』が使える。 呪文がなくても、ただ願うだけで叶えてしまう。 微笑むだけで、たった一言だけで、人を幸せにする『魔法』を。 ……先ほどまでとは違い、自分の姿も、満月の夜も怖くはない。 そう思いながらディアは、自分を照らし続ける『欠けた月』を見上げた。 そんな二人の姿を、別のテラスから見下ろす人影があった。 ふっと口元を緩ませると、オランは黒いマントを翻して室内へと戻る。 アヤメが指輪の魔力を使えば、オランが気付かないはずがない。 ……それは、ディアも承知の上であった。 アヤメは入浴後、一人で食堂へと向かう。 そこでは、ディアがお湯を沸かしてコーヒーを入れる準備をしている。 この時間、この場所でアヤメがコーヒーを飲むのも、日課になっていた。 アヤメとディアが城の中で二人きりになる、貴重な時間でもある。 アヤメは、テーブルの前に置かれた専用のソファに座る。 お腹の大きいアヤメが楽に座れるように用意された、一人掛けのソファだ。 「大丈夫、さっきの事は誰にも言ってないよ」 「……ありがとうございます」 「ねぇ、ディアさんも一緒にコーヒー飲もうよ」 「承知致しました。それでは失礼して…」 ディアは、主の『お願い』を決して拒めない。 素直に喜んで受ければ良いのだが、ディアは根が真面目なのだ。 ディアは熱湯で入れたコーヒーを2つのコーヒーカップに注ぐ。 それをアヤメの前と、向かい側の自分の前に置いた。 アヤメはコーヒーカップを持って、ふーふーしながら少し口に入れた。 「熱すぎましたか?」 「ううん、大丈夫。すごく体が温まる」 「少しミルクをお入れしましょうか」 「うん。ミルクの魔法をお願い」 「はい。ミルク…の魔法…ですね、かしこまりました」 アヤメは、『ミルク』という魔法でコーヒーがカフェオレに変わると思っている。 当然ながら魔法ではなく、コーヒーにミルクを入れるだけなのだが…。 アヤメにとって見慣れないものは、なんでも魔法だという発想に行き着く。 その発想が可愛いので、ディアもオランも否定せずに黙っている。 今は夜。さらにアヤメが妊娠中なので、二人が飲んでいるのはカフェインレス・コーヒーである。 熱めのコーヒーを飲み終えるまで時間がかかりそうだ。 アヤメは、ディアと何か話をして過ごそうと思った。 「ねぇ、ディアさんは、どうしてオランが好きなの?」 「はい?どういう意味でしょうか」 奇妙なアヤメの問いかけに、ディアは質問で返した。 「だって、オランと契約するほど一緒に居たいのよね?」 「いえ、それは……逆、ですね」 「えっ!?じゃあ、オランがディアさんの事を好きなの!?」 「そうではなくて…いえ、間違っては、いない…ですが…」 アヤメの質問が妙な表現で変な所を突いてくるので、ディアは口ごもる。 「魔王サマが私を必要として下さったのです」 ディアは、遠い過去の記憶に思いを馳せた。 アヤメと出会うよりもずっと前から、ディアはオランと共に歩んできた。 そこには、アヤメの知らない二人の絆があるような気がした。 「ディアさんとオランの出会いの話、聞かせて?」 ディアは、主の『お願い』を決して拒めない。 静かに、オランと出会った『あの日』を語り始めた。
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