第21話『封印された魔獣』

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「へえ、美人じゃねえか。女なら娶ってやるのに」 含み笑いをしながら青年の顏を覗き込むオランが、それを本気で言っているとは思えない。 皮肉にしか聞こえない褒め言葉は、青年を逆上させた。 「……ふざけるな!!このような忌々しい姿など……!!」 青年がオランに掴みかかろうとするが、魔力の壁に弾かれて近付く事もできない。 オランは再び、人の姿になった魔獣の鼻先に槍の刃先を突きつけた。 その口元に、一切の笑みはない。 「テメエはもう、魔獣として生きられねえ。人として生きろ」 少しの沈黙の後、青年はガクっと膝を折って地面に座り込んだ。 ……分かっていたのだ。 限界まで傷付いた魔獣は、このまま果てるしかないという運命も。 悪魔との共存は不可能だという現実も。 魔王には決して勝てないという事実も。 生まれながらに力を持ち過ぎた魔獣は、その力を制御できない。 暴走する力を発散させるべく森で暴れ、自我を失っていた。 「……なら、殺せ」 「気が変わった。テメエに選ぶ権利は与えねえ」 「なっ…!?」 「オレ様の下僕として生きろ」 青年が顏を上げると、オランが身を屈めていて、その瞳と目が合う。 オランの深紅の瞳を向けられた途端に、青年は息を呑んだ。 威圧でもない、哀れみでもない…何かを求める、真直ぐな眼差しに。 まるで瞳に魔力でも宿っているかのように、意識が引き込まれていく。 「なぜ、私が貴様に…従うんだ……?」 「テメエの意思なんざ関係ねえ、オレ様が欲しいからだ」 「……?」 「テメエは強い。その力、全てが欲しい」 オランは魔獣の強さを認めた上で、その命すらも我が物にしたいと宣言した。 間違いなく、この魔獣は魔界で最強の力を持つ。 彼が今、人の姿を留めていられるのが何よりの証拠だ。 いくらオランの魔法でも、魔獣に相応の力がなければ、人の姿と心を持つ事は不可能なのだ。 人の姿となった彼は『理性、知性、自我』などの『心』を持ち得ている。 魔獣の姿と共に大部分の魔力も封印されたが、それでも有り余るほどの魔力を有している。 そして魔王にしか、この魔獣の強大な力を制御できない。 この魔獣が生きる術、生きる道は、魔王の側しかない。 だからこそオランは、この魔獣を側に置こうと決めた。 ……魔王の『側近』として。 それを汲んで、オランは青年に片手を差し出す。 「テメエを飼ってやる。オレ様のモノになれ」 青年は、差し出された手を無言で見つめる。 ……不思議と、迷いはなかった。 自分が必要だと、迷いなく告げたオランの言葉と瞳に偽りは感じなかった。 青年は、差し出されたオランの手に、自らの手を重ねた。 すると一瞬にして、二人の姿が光に包まれた。 オランによる『空間移動』の魔法が発動したのだ。 気が付くと魔獣の青年は、草原の真ん中に立っていた。 目の前には、自分をこの場所へと転移させた魔王が佇んでいる。 青年は、周囲を見回す。 「ここは……?」 「オレ様の庭だよ」 オランを越えた向こう側には、壮観な巨城がそびえ立っている。 魔界で、ここまで巨大な規模の城は、王宮にしかない。 ここは、魔王の住む城の中庭である。 周囲は何もない広大な草原。手入れはされていて綺麗に切り揃えてある。 それだけの場所で、装飾や花壇などは見当たらず殺風景である。 後にオランは、この場所に『菖蒲(あやめ)の庭園』を作る事になる。 「貴様……本当に魔王なんだな」 ポツリと青年が呟くと、オランは不満そうに顏をしかめて腕を組んだ。 「魔王オラン様と呼べ。テメエを城に入れる前に、その態度を改めてやる」 「改める気などない」 「だろうな。だから、ここで『契約』を結べ。オレ様に忠誠を誓え」 「どういう意味だ?」 「テメエの意思でオレ様の下僕になる訳じゃねえ。契約の施行だ」 青年にとっては、その方が生きやすいからだ。 『契約』を、オランに従う正当な理由にしてしまえばいい。 意思に反して服従するよりも、契約だと割り切ってしまえば、楽に生きられる。 オランは、青年が生きていく為の最善の方法を提案しているのだ。 身勝手な提案だとも受け止められるが、青年はそれに嫌悪感を抱かなかった。 最強の魔獣である自分は、魔王にしか制御できない。 魔王の側こそが、自分が生きられる唯一の最善の場所だと確信した。 オランに手を重ねてこの場所へと導かれた時点で、覚悟は決まっていた。 いや、純粋に…オランの力に、その存在に―――惹かれていた。 それは、オランも同じであった。 単なる同情で、手のかかる魔獣を飼おうだなんて思わない。
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