第21話『封印された魔獣』

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アヤメと入れ替わるようにして、オランは食堂に入る。 そしてディアの座るテーブルの正面に座る。 「オレ様にもコーヒーを入れろ」 「承知致しました。…珍しいですね」 「まぁな、そんな気分の時もあるぜ」 平静を装っているが、オランはディアの僅かな動揺も見逃さない。 「それで、誰が誰を好きだって?」 「……何の話でしょう?」 「まぁ、しらを切るなら、それでもいいぜ」 答えを聞かずとも、オランはディアの全てを知っている。 ディアが隠し通している、その想いさえも……。 命令だと言えば、ディアは心の内を全て話すだろう。 だが、そんな野暮な事はしない。 「どうぞ。カフェインレス・コーヒーです」 ディアはコーヒーカップをオランの前に置いた。 オランはコーヒーを一口飲むと、視線を目の前のディアに向けた。 「アヤメと何を話していた?」 「昔話です。私と魔王サマとの出会いを知りたいとの事でしたので」 「なるほど、な」 ディアはオランの質問に対して、何も隠さずに答える。 いや、隠せないのだ。これが『契約』であり『忠誠』でもあるからだ。 ディアはオランと契約して服従する代わりに、『幸せ』を得るのだという。 その『幸せ』とは、オランとアヤメが結ばれて永遠に幸せでいる事。 それがディアの幸せだというが、オランはそれを認めていない。 ディアにも幸せになる権利がある。 その幸せを与えてやる権利は、オランにある。 『契約』の見返りとして、オランがディアに与える『幸せ』とは…… 「娘ができたら、お前にくれてやってもいいぜ」 二杯目のコーヒーを口にしていたディアの手の動きが止まる。 一瞬、目だけをオランに向ける。 テーブルに肘を突き、いつもの笑いを浮かべるオランが、その瞳に映った。 当然ながら、それが冗談だと思ったディアは眉一つ動かさない。 「それは光栄です」 「クク…きっとアヤメにそっくりだぜ?」 『契約』により、自らの『感情』も『想い』も封印して生きる魔獣・ディア。 そんな彼が心の封印を解き、解放される日は―― 本当の『幸せ』を手に入れる日は―― 遠い未来――輪廻をも越えた先に、存在するのかもしれない。 オランが寝室に戻ると、アヤメがベッドの上に座って待っていた。 リョウはアヤメの向こう側で布団を被り、すでに寝ている。 アヤメは、オランと一緒でなくては眠れない。 そして習慣の『寝る前のキス』を待っているのだ。 オランがベッドに座ると、アヤメがニコニコしながら顏を寄せてくる。 完全にキス待ちだ。 それに応えるようにして、オランが顏を近付けてやる。 だが……鼻先が触れそうな距離になって止まり、オランが囁く。 「何か隠し事をしてねぇか?」 「えっ…!?」 アヤメは驚いて、咄嗟に顏を離してしまった。 隠し事と言えば、ディアが魔獣に戻ってしまった事。 アヤメが指輪の魔力を使って、ディアを人の姿に変えた事。 「な、なにも、してない、よ…!?」 『オランには内緒にする』とディアに言ったので、アヤメは必死だ。 だが、アヤメの反応は分かりやすい。 オランの顏は問い詰めるような厳しいものではなく、意地悪をする時の楽しそうな顏だ。 「服に獣の毛が付いてるぜ?」 「えっ!?どこ、どこに!?」 アヤメは、慌てて自分の服のあちこちを見て確認する。 魔獣になったディアに抱きついた時に、毛が付いてしまったと思ったのだ。 だが、よく考えてみれば、今は風呂に入って寝間着に着替えた後だ。 それに気付くと、アヤメは頬を膨らませた。 「……いじわる……」 「嘘をつくなら、キスはお預けだぜ」 「あ……私、なんか変なの…『つわり』かもぉ……キスして…」 「……嘘と演技が下手だな」 だが、それ以上に可愛い嘘だと思った。 アヤメに全てを話させる気なんてない。 アヤメが話さずとも、オランは全てを知っている。 「ごめんなさい……あのね……」 「あぁ、知ってるぜ。よくやった」 「褒めてくれるの?」 「あぁ。さすがはオレ様の嫁だ」 「……じゃ、ご褒美ちょうだい……」 膨れっ面のアヤメが、すっかり笑顔になって『おねだり』を始めた。 褒美は簡単にはやらない。それが調教の基本なのだが…… 「オラン、はやく……ん、ん」 目を閉じて唇を突き出し、キスを待つアヤメを見てしまうと、そんな気も失せる。 魔獣を調教しきれないまま、今日も魔王は嫁に調教されてしまうのだ。
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