第6話『白い天使、黒の悪魔』

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第6話『白い天使、黒の悪魔』

アヤメの『成長』は目を見張るものがあった。 オランが何も言わずとも、自主的に動くようになったのだ。 それが、まるで『自然の摂理』であるかのように。 朝、オランが目を覚ますと、自分の胸元に触れる温かい存在に気付いた。 アヤメがオランに包まれるようにして、身を丸めていた。 しかもアヤメは先に起きていて、至近距離でオランの顔を見つめている。 アヤメは『朝、起きたら必ずキスをする』という習慣を教え込まれている。 その為、先に目が覚めてしまっても、こうやってオランが起きるのを待っているのだ。 まだ眠いけど寝ないように、重くなる瞼に抵抗して頑張っている。 その、いじらしい姿がとても可愛い……オランはそう思うが、再び瞼が閉じかける。 二度寝しそうなオランに気付くと、アヤメは顔を少し起こして悪戯っぽく笑った。 「おらん、だ~め~…起きたらキス…しないと……ね?」 アヤメは顔にかかる邪魔な自分の髪を手で除けると、さらに顔を接近させて、口付けの体勢に入る。 まだ眠いオランの思考能力は鈍っているが、それはアヤメも同じだった。 アヤメも実は、半分寝惚けた状態なのだ。 「おはよう、オラン……すき」 いつもよりも余分な一言を最後に添えて囁いてから、唇をそっと重ねた。 薄れる意識の中でも、オランはアヤメの柔らかく温かい感触を堪能する。 (やべえ……可愛すぎるじゃねえかコイツ……) この『半分寝惚けた状態』のアヤメが、一日の中でも最高に可愛いのだ。 「ふふ…オラン起きた?…じゃ、抱いて…」 アヤメの言う『抱いて』は、『抱きしめて』の意味である。 キスで満足したのか、アヤメは嬉しそうに微笑み、再びオランの胸板に顔を埋めた。 ここまで、オランは一度も『自主的に』動いてはいない。アヤメの欲求に身を任せただけだ。 普段は無欲で何でも恥じらう純粋なアヤメが、ただひたすらに自分を求めてくるという快感。 ここまで大胆にアヤメが動けるのは、眠気によって邪魔な羞恥心が捨て去られている為。 まさにオランの願望が反映された姿だ。 もう、このままアヤメの目が完全には覚めなければ良いのに。 そうとまで思ってしまうオラン自身は、逆に目が覚めてしまった。 邪魔な布団を退けると、アヤメに覆い被さった。 「ん……もう一回キスするの……?」 そう言ってアヤメは首を傾げるが、オランの首の後ろに両腕を回して、すでに受け入れる体勢だ。 「あまりに可愛いんでな、ご褒美だ」 「ほんと?……嬉しい……」 そうして、今度はオランの方から口付けようと顔を近付けた。 紫の髪、褐色の肌、深紅の瞳。視界に映る何もかもが愛しい彼に身を任せた瞬間。 ポンッ☆ 天井付近から、軽い爆発音がした。 すぐその後に、ドサッ!!と大きな衝撃音が室内に響いた。 「ぐぉっ……!?」 天井から落下してきた大きな何かが、アヤメに覆い被さるオランの背中に直撃した。 オランの体の下にはアヤメがいる為、押し潰すまいと両腕で踏ん張り、何とか耐えた。 「えっ!?オラン、どうしたの!?」 何も見えないアヤメは、何が起こったのか分からない。だが、衝撃で完全に目が覚めたようだ。 「何か乗ってやがるな……」 オランは、背中に重さと生温さと違和感を感じていた。 背中に何かが乗っている。いや、天井から落下してきて、背中に着地したまま動いていないのだ。 「アヤメ、オレ様の背中の上を見ろ」 「あ、うん……」 アヤメは、顔を少し起こして横にずらすと、オランの背中を見て確認する。 そこに見えたのは…… 「んー…なんか…小さい子供がいる……」 「あぁ?」 予想外な返答に、オランは気の抜けた声を出した。 その拍子に、オランの背中に居るそれがポテッ☆と柔らかいベッドの上に落ちた。 オランとアヤメは同時に起き上がり、ベッドに落ちた存在に目を向ける。 そこに居たのは、3~4歳くらいの男の子だった。 透き通るような水色の瞳と髪。褐色肌の悪魔とは正反対の色白な肌をしていた。 ただ沈黙して子供を見つめる魔王と少女。 一体これが、どういう状況なのか誰にも分からない。 突然、アヤメが嬉しそうな声を上げた。 「かわいい~~!!」 「いや、そうじゃねえだろ」 すかさずオランがツッコむが、アヤメは聞いちゃいない。 何の疑問も持たずに興味津々で子供の方に近寄る。 「私はアヤメって言うの。あなたのお名前はなんて言うの?」 子供は、アヤメのように純粋無垢で邪気のない瞳を大きく開きいた。 「ボク、リョウだよ」 「リョウくんって言うのね………ん?」 アヤメは、ある事に気付いて、オランの方を振り返る。 「オラン、この子羽根があるよ、白い羽根」 リョウの背中には、白くて小さい、フワフワした羽根が生えていた。 「この子、鳥さんかなぁ?」 一人で想像を膨らませるアヤメに、オランは溜め息をついた。 今、問うべきは名前やら何やらでなく、この子供が何者で、なぜ天井から降ってきたのか。 何よりも、アヤメとの朝の時間、一番いい所を台無しにされたのだ。 テンション高めのアヤメとは裏腹に、オランは少々腹を立てている。 「いや、どう見ても天使だろ、このガキ」 「てんし?なにそれ、妖怪の一種?」 悪魔や天使に馴染みのない村娘のアヤメは、人外を何でも妖怪だと思ってしまう傾向がある。 リョウはベッドの上を這うように移動して、オランの背中に回った。 そして、心配そうにしてオランの背中を見回す。 「ごめんね、お兄ちゃん、痛かった?」 リョウは、オランの背中に落下した事を謝ったのだ。 リョウはオランの大きな背中に向かって、小さな両手を広げた。 「いたいの、とんでけー」 それが呪文なのか、そう唱えた直後に、リョウの手から光が溢れ出た。 「えっ!?リョウくんの手、光ってるよ!?」 アヤメが驚きの声を上げるが、同じくオランも驚いた様子だった。 背中に感じる温かい癒しの力。 「これは…回復魔法?こんなガキが使えるはずは……」 力を使って疲れたのか、リョウは突然、ポテッ☆とオランの後ろで倒れた。 「リョウくん、大丈夫!?」 アヤメは急いでリョウを抱き上げる。 リョウばかりを心配するアヤメを見て、オランは不機嫌極まりない。 「まったく面倒だぜ。天界に連絡してやるから、とっとと帰りやがれ」 すると、リョウがハッとして顔を上げた。ぎゅっとアヤメにしがみついている。 「やーーだーー!!」 大きな瞳に涙を一杯浮かべて突然、駄々っ子になった。さすがのオランも怯んだ。 「ヤダじゃねえよ、さっさと離れろ、このガキ……」 「や~だ~!!帰らない!!」 「オラン、だめ!!ごめんね、こわかったね~……」 あの従順なアヤメが、オランを強く制止した。しかも『こわい人』呼ばわりされて、オランはさらに怯んだ。 まったく、女っていうのは子供の前だと、こうも強気になるのだろうか? 初めてだらけの状況と乙女心の不可解さに、オランは反論する術がなかった。 どうやら、リョウはアヤメから離れたくないらしい。 アヤメの手にかかれば、扱いの難しい魔獣も子供も簡単に懐いてしまうのだ。 ……もちろん魔王も、である。
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