第21話『封印された魔獣』

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それは、オランがアヤメと出会うよりも、ずっと前――― 何百年も前の魔界の森で、魔王オランと魔獣ディアは出会った。 その日は満月で、明るい夜だった。 暗い森の奥であっても、悪魔と魔獣は夜目が利く。 「テメエか。最近、森で暴れていやがる野良犬は」 漆黒のマントを靡かせて、漆黒の世界を象徴する魔界の王が言い放つ。 深い森の中で、オランはその『野良犬』と対峙していた。 オランに威嚇の目と牙を向けるのは、体長5メートルはあろう魔犬。 漆黒の毛並みに、コウモリのような漆黒の羽根を生やしている。 この獰猛な野生の魔獣は、見境なく人を食らう。 何人もの悪魔が仕留めようと試みたが、返り討ちにあった。 「テメエのせいで負傷者が後を絶たねぇ。オレ様が直々に制裁を下してやる」 堂々たる態度で言い切るが、身構えてはいない。 『自称』魔界一の悪魔である魔王オランの余裕の表れである。 対して魔獣は、唸り声と共に理性のない瞳でオランを睨みつけている。 魔獣の体には、これまで討伐に訪れた者達との戦いによって刻まれた無数の傷痕があった。 「……何か言いたそうだなぁ?」 魔獣はオランの正面から突進すると、鋭利な爪の生えた前足を振り上げた。 オランは腕を組んでいる。防御の構えも攻撃する構えも見せない。 ただ薄く笑いを浮かべて、少しだけ片手の指先を動かした。 「だが、問答無用だ」 ドゴォッ!という、大地が砕けるような衝撃音が響く。 同時に、魔獣は重い落下物を背中に受けたような衝撃と共に地面に伏した。 骨まで軋むような重力で、背中から全身を押さえつけられている。 ……これは、オランの魔力である。 オランは、そんな魔獣の頭の上に片足を乗せて、靴の底で踏みつける。 腕を組んだまま、上から目線の赤い瞳で威圧しながら、蔑むように。 「テメエが口を利く権利はねえ。全てはオレ様次第だ」 魔獣は、ただ魔王の前に平伏し、睨み返す事もできない。 この頃のオランは、冷酷で無慈悲な、我欲の化身――― 正真正銘の『悪魔』だったのだ。 オランが片腕を横に伸ばして手を広げると、その手に『槍』が出現した。 長い柄の先に、先端が三つに分かれた鋭い刃先を持つ。 全てが漆黒に染まった『悪魔の槍』だ。 オランは、武器を使わずとも魔力だけで魔獣を仕留める事が可能だ。 だが、あえて物理的に串刺しで仕留めようとする残忍さを瞳に滲ませている。 それは視覚的に、相手に恐怖と絶望と敗北を与える手法でもある。 「テメエに選択権をくれてやる」 オランは魔獣の頭を踏みつけた足に力を込める。 さらに、その鼻先に槍の刃先を突きつける。 魔獣の頭は地面に圧迫されて、微かな唸り声しか上げられない。 どの道、オランは魔獣の声などに聞く耳を持たない。 それが威嚇であろうと、命乞いであろうとも。 「オレ様の下僕になって生きるか、このまま死ぬかだ。選べ」 魔獣は言葉を理解出来たとしても、言葉は話せない。 さらに、踏みつけられているので声も出せない。 何かを呻くものの、それは声にすらならない。 「何とか言えよ」 オランの出した理不尽な選択に答える事など不可能であった。 その様子を見て、オランはククっと喉を鳴らして笑った。 「犬じゃあ、しゃべれねえよな」 オランは魔獣に向かって片手をかざし、呪文のようなものを呟く。 そして最後の言葉だけは、ハッキリと言い放った。 「封印」 すると一瞬にして魔獣の全身が光に包まれた。 光に飲まれた魔獣の巨体が、そのまま収縮していく。 人と同じくらいの大きさになると止まり、光も消えた。 魔獣が伏せていた場所には、人の姿をした青年が地に膝を突いていた。 見た目は、僅かに20歳に満たない、19歳ほどの男性。 淡いブルーグリーンの髪、黄色の瞳、色白の肌。 一見、女性にも見えるほどに中性的な顔立ちをしている。 回復魔法も同時に施されて、全身の傷も治癒している。 青年は自分の両手や足を見て驚愕し、自分を見下ろすオランに食ってかかる。 「こ、この姿は、一体!?貴様、何をした!?」 「これで口が利けるだろ、感謝しな」 オランは魔獣と話をするために、魔獣を人の姿に変えたのだ。 正確には、魔獣の姿を『封印』して、仮の姿を与えた。
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