【最終選考】土曜日の朝の匂い【落選作品】

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「そっちに引っ越すかなー。部屋空いてんじゃんか、そこに住まわせてもらってさ」  突拍子もないことを言うものだと思った。 「同居する気かよ」  冗談だろうと思って聞けば、恋人は何度も頷いている。 「うん。生活費折半したら楽じゃん」 「まあそりゃそうだけど」  夢物語だと思った。鼻で笑ってしまったものの、駿太郎はスルメをタバコのようにくわえたまま、それで届けを書いて出したい、と続けた。 「届け?」  そこまで言及してきたことに驚嘆する。 「え、書く気?」 「書くでしょ、今後のためにさ」 「今後のためって」  思っていた以上に、公然のものになることを深く望んでいるらしい。 「だって届けさえ出せば、大抵のことが家族と同じ扱いになるんだろ」 「そうだけど」 「そろそろちゃんと先のこと考えたいしさ。お互いもう二十八にもなるし」  あまりにもさらりと口にするものだから、プロポーズかと喉まで出かかったがやめた。酔っ払いの戯言だ。適当なことを言って笑わせてくれるところに惚れたようなものだが、さすがにすべてを真に受けるつもりはない。子供をあやすように相槌を打ちながら話に耳を傾けた。 「もう付き合って五年だっけ?」 「五年だね」 「だよな。真面目に将来のことも考えた方がいいじゃん」  この瞬間にもどこかの男女のカップルが囁いていそうな台詞だと思った。 「あそこの店で届け書きたい」 「あそこの店?」 「ほらいっつも連れてってくれる店あるじゃん、中庭に店があるさ、ほら」 「可否屋?」 「そう、そこで書きたい」
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