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彼とは毎朝同じ最寄り駅から同じ電車に乗る。私よりひとつ先の駅にあるT高校の生徒だ。
彼との出会いは高校に入って間もない頃。慣れない満員電車に四苦八苦する私が、スカートの裾がさわさわと揺れるような違和感に戸惑っていると、不意に誰かの手がお尻に押し付けられた。ピクリ、と身体を震わせたものの、手は離れる事無く、そのまま円を描くように動き出した。
痴漢だ。
私の頭には驚きしかなくて、抵抗する事ができなかった。テレビで見た痴漢行為が実際に存在して、しかも自分の身に襲い掛かっているなんて、まるで現実味が湧かず、ただただこれが痴漢なんだ、今私は痴漢をされているんだというぼんやりとした恐怖を抱くばかりだった。
ドラマなら手を掴んで、「この人、痴漢です!」なんて叫んだりするのだろうけど、いざ現実に起きてみるとそんな事できるはずもなかった。声も出なければ、体も動かない。金縛りに遭ったかのように、じっと固まっている事しかできない。
そんな時に、強引に私の後ろに割って入ってくれたのが彼だった。
彼は片耳にイヤホンを差し、手の中のスマホに視線を落としたまま、ボソリと囁くように私の後頭部に問いかけた。
「……どうする? 捕まえる?」
彼が痴漢に気づいて助けてくれたんだと知り、驚いた私は咄嗟に首を左右に振っていた。
痴漢されたのはショックだったけど、満員電車の中で自分が痴漢されたと名乗り出るのは気が引けた。そんな事したら、二度と同じ電車に乗れなくなっちゃいそうだし……。犯人を捕まえたいとか懲らしめたいなんていう考えはさらさらなくて、私の頭の中は一刻も早く、電車から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
電車が目的の駅に着いて、降りようとする私に、
「気を付けてね」
と彼は爽やかな笑顔を向けてくれた。でも私はなんだか自分が笑われているようで恥ずかしくなって、お礼も言えず、首を竦めるような曖昧なお辞儀を返しただけで、逃げるように走り去った。
彼との関係は、それっきり。
翌日からも毎朝同じ駅から同じ電車に乗っているにも関わらず、仲良くなるどころか、ちゃんとお礼も言えないまま、もうひと月が経とうとしていた。
もっと彼とお話したい。せめてお礼だけでも言いたい。そう思いつつも「痴漢されていた子」という引け目もあり、いつまで経っても行動に移せずにいたのだ。
「なるほどねー。だったらさ、古典的な方法でいいんじゃない?」
「古典的って?」
「男女の出会いって言ったら、落としもの大作戦に決まってるじゃない。しかも、今なら期間限定でおまじない付!」
私の話を聞いたお姉ちゃんはそう言ってウィンクした
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