義憤の女神

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 まるで3月まで晴れの日が無かったことの埋め合わせをしているかのように、寒いが晴れの日が続いた。路上の土砂は舞い、あちこちの家の花がこぞって咲いて芳しい匂いがする。土砂は忌々しいが、大目に見てやろうと寛大な気持ちになれるほどの素晴らしい春の日だ、イースター休暇を前に幸先が良いとお喋りと喜歌劇が大好きなウィーンっ子なら嬉しがる。アルバン・ヘルツ警部もその1人だった。愛妻レオノーラがやっとヒエンソウやオダマキの種まきが出来ると喜んでいた。燕に似たヒエンソウも地面に明るく輝く星のようなオダマキもヘルツ警部の好きな花だった。  ウィーン警視庁の建物が見えるなり、ヘルツ警部はレオノーラを頭の片隅に避け、春と自身の陽気を消し去った。代わりに昨日の朝、ウィーン警視庁に届けられた落とし物を思い出した。その落とし物はウィーン警視庁史上最も犯罪を示唆させる一品だった。 「ヘルツ警部!」はっと顔を上げると部下のヒューゲルが走って来るところだった。「おはようございます。今、警部のところに人をやるところだったんです」とヒューゲルが息を切らしながら言った。その後ろには変事が起こったことを表す慌ただしい物音と怒鳴り声が聞こえる。それを聞いてヘルツ警部は身構えた。「……何かあったのか?」 「が盗まれたんです! 昨日の夜のうちに!」  ヘルツ警部は絶句した。「何だと!? あれは重罪事件の証拠物件かも知れないから厳重に保管するように言った筈だぞ!」 「そうなんですが、何者かが侵入してあの血痕が着いた女神像を盗んで行ったんです! 夜番のハルトマンは気絶させられて……」 「なんてことだ……!」とヘルツ警部は現場に一足遅れると言う失態を責めるように頭を振ると、ヒューゲルを押し除けて現場に駆け出した。
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