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ウィーン警視庁内の看護室に入るとヘルツ警部はドクトル・カントに会い、ハルトマンの容態を聞いた。ハルトマンは気絶させられたと聞いていたが、意識混濁の気は無く、頭の方と大きなたんこぶ1つだけでたいしたことはない、寧ろ長時間縛られた腕の鬱血の方が深刻だったとドクトルはぼやいた。そしてかなり打ちひしがれているとも。
若いクラウス・ハルトマンはヘルツ警部が気の毒に感じるほど項垂れていた。ハルトマンは若くて熱心で昨夜の見張りも自ら買って出てきてくれたのだ。
「警部、わたしは辞職しようと思っています」とハルトマンは開口一番にそう言った。
ヘルツ警部はぎょっ、と目を見開いた。「何を言っているんだ、ハルトマン。君はまだ若い。次がある」
「いいえ、無いも同然ですよ。……まさかあんな幼稚な罠に引っかかるなんて」ハルトマンはそう言うとわっと泣き出さんばかりに顔を覆った。
「何が起こったかを話せるか? 縛られたと聞いたぞ」ヘルツ警部が聞いた。
「夜の……1時頃でした。怪しい物音が聞こえたんです。コツコツコツ……と。此処に居るのはわたしだけだと聞いていたので侵入者だと思ったんです。わたしは燭台を持って部屋を出ました。ところが誰も居ません。わたしは気のせいだと……夜番で気が昂っているんだと思って部屋に戻ろうとしたらーーー」ハルトマンは包帯を巻かれた腕を摩った。
「何か見たか?」
少しの時間、沈黙が流れた。
「……いいえ。きつく縛られたことしか覚えていません……あれだけきつく縛ったなら男だと思いますが……」
「聞こえた足音というのはどんな音だね? こんなか?」とヘルツ警部は自分の革靴で足踏みをするように地面を3回叩いた。
「はい。いやもっとゆっくり……」とハルトマンは頷いた。「……本当に申し訳ありませんでした、警部。自ら名乗り出たのにこんなヘマをして……やはり辞表を提出します」
ヘルツ警部は首を横に振った。「ヘマをしたのはわたしも一緒だ。まさかあの女神像を盗む奴が存在するなど考えもしなかった。ましてや辞職届を出す必要は無い。君がそれを提出するよりもわたしが先に行うべきだ」
ハルトマンは大きく目を見開かれた。「警部、そんな!」
「勿論、そんなことはしない。1つの失敗で辞職届を出したらウィーン警視庁はあっという間に人手不足になる。……ハルトマン、1度失敗したからと言って簡単に辞職するなど言ってはいけない。その失敗を教訓にして新しい働きで挽回すれば良い」とヘルツ警部はハルトマンの肩に手を置いた。その間、足はまた地面を叩き始めた。とん、とん、とん……
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