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看護室を出て、ウィーン警視庁の建物からも出ると周囲の足跡を採集しようと躍起になっているらしいヒューゲルたちの姿に出くわした。「ヒューゲル、どうだ?」と声をかけるとヒューゲルは慌てて立ち上がった。
「侵入者らしい足跡はありませんが、侵入経路が建物一階のこの窓であるのは一目瞭然です。窓枠と窓が壊されていましたから……そこから侵入して保管室に向かい、帰りは裏口から鍵を開けて堂々と出て行ったようです」とヒューゲルが報告した。ヘルツ警部は壊された窓枠と窓を見た。最近は晴れの日が続いていたせいか、足跡も汚れも無い。
「コッホとルエーガーに新たに思い出したことはあったか?」
するとヒューゲルの顔が変わり、ヘルツ警部の耳に顔を近付けた。「……コッホがもしかしたら、あの男は浮浪者では無いかも知れないとこぼしました」
ヘルツ警部は絶句した。「何? だが襤褸を纏って顔も手も汚れていた浮浪者だったんだろ? 宿無しの」
「はい、そうなんですが後からわたしたちが調べるところを見て思い出したことがあると叫んだんです。……あの浮浪者は襤褸の中に手を隠していたんです。それだけならまぁ、特に気には留めませんが、ふと見えた瞬間があって、その時、その浮浪者の爪が短かったのを思い出したんです。それに爪の間に殆ど泥や土が挟まっておらず、綺麗だったことも……」
ヘルツ警部はぐっと拳を握りしめた。「コッホは鉱脈を掘り当てた。確かにそれは浮浪者の定義とは一致しない。爪を切ることは出来るが、泥と土で汚れないなんてことはあり得ない。彼らに清潔な環境など無いからだ」
「……だとすると……?」とヒューゲルが聞いた。
「……だとするとあの女神像が落とし物である、という前提も崩れる」ヘルツ警部はそう言いながらヒューゲルのことなど忘れてしまったようにうろうろと歩き回り、ぶつぶつ……と仮説を唱える。「あれは断じて落とし物などでは無い。そもそもあんな犯罪を示唆させる落とし物があるものか。あれは密告だ。……しかしそれなら何故その偽浮浪者は女神像を届けるだけに留めた? こんな遠回しに、だが犯罪があったことを臭わせて何になる? ……いや、そうしたくても出来なかった……?」
最後の言葉を口にするとヘルツ警部は顔を上げた。その時、ヒューゲルと目が合った。ヒューゲルはヘルツ警部が何を考え、何をどういった意図でもって口にしているのか分からないといった顔をしている。
「……警部?」
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