義憤の女神

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「良いか、ヒューゲル」とヘルツ警部は切り出した。「まずを警視庁に届けた人間を思い出せ。コッホとルエーガーはのろのろと去って行ったと言った。それに対してを盗んだ、いや取り返した人間はハルトマンを気絶させて逃亡した。ハルトマンを縛り上げることの出来る力のある人間がのろのろとしてしか移動出来ないということがあり得るか? 引き止められないとも限らないし、早くその場を去った方が良いに決まっている。脚が悪い人間が胸像を抱えて誰にも見咎められずに街中を歩けるか? 答えは否だ。よって前者は年寄りか脚が悪い、後者は若いか健康でかつ力のある人間であることが分かるか?」  時間を置くとヒューゲルは「はい」と頷いた。 「……何故胸像を届け出た人間は血のことに触れなかったと思う?」 「えっ、それは……どうすれば良いか分からなかったから……?」 「違う。それなら悲鳴をあげて大騒ぎをして警察に届け出れば良い。無関係なら自分は拾っただけだと声高に騒ぐはずだ。あんな血では事件との関係性を必ず疑ぐる。あの態度ではそれを裏付けるようなものだ」 「そ、そうですよね……」ヒューゲルも自分の答えが拙いとは分かっていたようだ。 「それの答えはただ一つだ。を届け出た人間は、共犯者という形で盗み出した人間と関わっていたからだ」  ヒューゲルの目が見開かれる。その驚きを特に得意に思うでもなく、ヘルツ警部は「そうなんだ……」とコーヒーを飲んだ。「盗み出した人間の方が届け出た人間よりも身分が高いと考えればハルトマンが縛られた理由が説明出来るんだ。確実に殺すとなれば刺殺か殴殺になるが、その二つを選べば確実に血が流れる。それでもし靴を血で汚したら使用人たちになんと言い訳する? 近侍たちは事あるごとに主人の靴を磨くんだ。いやでも目につくだろう」 「ハルトマンを縛り上げたのは血を流さずに殺す為だったということですか?」 「それもある。ただ一番の理由は盗み出した人間はハルトマンの意識が戻った時に絶対に追いつかれたくなかったからと足跡から自分の行動を知られたくなかったからだ。……思い出せ、盗み出した人間は帰りは裏口から出ている。確かに窓から出るのは犯罪者のやることだからドアから出るのは理にかなっている。……だが警視庁は広いし、真っ暗だ。どうしてそのドアが人目の少ない裏口のドアだと分かった?」  ヒューゲルがひゅっ、と息と唾を呑み込んだ。
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