鬼のミヤコちゃん

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*  あれは小学校の同級生とかくれんぼをしている時のことだ。  その時ぼくは鬼になってみんなを探している最中だった。木のたくさんある築山を含めた校庭で、みんなは思い思いの場所に隠れていた。  一番最初に見つけたのは、ミヤコちゃんという名の女の子だった。  ミヤコちゃんは怖がりで臆病で、一人っきりで隠れていなくちゃいけないかくれんぼが本当は好きではない。だけど仲間に入れてもらえないのも嫌だから参加しているのだ。  そんなミヤコちゃんは、いつまでも見つけてもらえないのが怖いから、いつも一番見つかりやすい場所に隠れている。今日は校舎の陰になる壁のところにくっついて屈んでいるだけだった。  さっそく見つけてしまったミヤコちゃんにぼくは背後から近づく。ミヤコちゃんは鈍感で、後ろにぼくのいることにも気付いていない。不安そうな様子が背後からでも見て取れた。  見つけたのだから声をかけなくちゃなぁ、とぼんやり思っていると、ミヤコちゃんの足元の地面になにか蠢くものを見つけた。湿った土の上で蠢くそれは、ぶよぶよとした気持ちの悪い幼虫だった。虫くらい平気で掴める小学生男子のぼくにさえ嫌悪感を抱かせるような、不快な気配がまとわりついている。  狙っている――と思った。  この幼虫は、ミヤコちゃんを狙っている。 (ミヤコちゃん見っけ、って言わないとなぁ)  捕まえてあげないとなぁ――そう思うけれど、目の前の何かの生き物がどんな行動を起こすのか、眺めていたい気持ちがあった。  鬼のぼくが「見ぃつけた」って言わないと、ミヤコちゃんは鬼に見つかったことにならない。  ぼくが見つけていないなら、ほかの鬼に先を越されてしまうこともあるのかも。  ――その「鬼」はきっとこの幼虫。だってミヤコちゃんを狙ってる。  鈍感なミヤコちゃんはぼくが見ていることにも幼虫が近づいているのにも気づかない。  ようやくミヤコちゃんが気配を察知したのは、襲われるほんの一瞬前のことだった。  幼虫は身体を大きく伸縮させて口だけの化け物となり、ミヤコちゃんを飲み込んだ。  刹那の恐怖に染まったミヤコちゃんの顔を今でも鮮明に思い出せる。  血が流れることはなかった。骨が噛み砕かれる音がするということもなかった。幼虫の形をしていた鬼はぐねぐねと伸縮し、ミヤコちゃんを飲み込んだあとは、また別の姿になっただけだった。  幼虫だったはずのそいつは、人の体と人の顔でぼくを振り返った。かくれんぼの鬼に見つかった、ただそれだけの表情をして、 「見つかっちゃった」  ――と言う。  ミヤコちゃんを飲み込みミヤコちゃんの姿になったそいつは、当たり前の顔をして友達のひとりに成り変わったのだった。
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