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森の奥を2人はドンドン進む。本当ならば少女の手当てを十分にするために町へ戻るべきなのだが、目的地が近いこと、そして少女の傷が思っていた以上に軽かったので、手早く用事を済ませたほうが良いと判断した。若者が前方を切り開き、地面を踏み固めて歩きやすくはしていたが、少女はそれでも若者についていくのがやっとの様子だった。
「で、この森で落としたのか?そのペンダントは。」
少女が追いつくのを待つついでに若者は少女に尋ねる。少女は頬を少し赤くして、必死についてきながら答える。
「わからない。」
「わからないって?」
「気付いたらなくなってたから。だから、いろいろなところ探していた。」
そこまで会話をして、もしかしたらとても面倒なことを約束してしまったのではないかと若者は少し後悔し始めていた。どこで落としたのかわからないペンダントを闇雲に探すなど、森の中で木の実一つ探すのと同じくらい不可能だ。だからこそ、若者は少女に尋ねる。
「いくら大切だって言っても、そこまでするか?お前みたいな子供一人じゃ命いくつあっても足りないぞ。」
「知ってる。でも、あのペンダントがないと、どちらにしても生きていけないと思う。だから探さないといけない。」
若者はしばらく少女の目をじっと見る。少女も若者の目をじっと見返す。しばらくそのまま互いの目を見つめ合ってから、若者は深く溜め息をついて「そうか」とだけ言って、また背を向けて道を切り開き始めた。
どんな事情があるかわからないが、少女の覚悟は本気だった。親の形見とは言え、そこまでするのかは未だに疑問ではあったが、子供がそこまで覚悟しているのならこれ以上口出しするのは野暮だ。
そんな若者の背中を見て、少女はとても小さな声で「ありがとう」と呟き、若者の後を追いかけた。
「着いたぞ。」
若者がうしろの少女に声をかける。そこは少し開けた野原だった。少女の腰ほどの高さの草が一面に広がっている。少女は若者の前に進み出る。爽やかな風が少女の髪を優しく揺らす。とても心地よい空間だが、ここでこの冒険者は何をするのだろうと首をかしげる。
そのとき少女は何かを踏んだ。なんだろうと視線を移すと、それは錆びついた鍬だった。その隣には焼け焦げた人形が落ちていた。若者は驚いて何も言えない少女の様子に気付き、近づいた。
「どうした?何かあった・・・」
若者はそこまで言って、人形を見つけるとひょいと人形を持ち上げる。
「おぉ。牛飼いのチビが大事にしてたやつじゃん。丁度いい、持って行ってやろう。」
不思議そうにしている少女に気付き、若者は苦笑いをする。
「あぁ、悪い。ビックリしたよな。用事をさっさと済ませるから、ちょっと付いてきてくれるか。」
そう言って若者は草むらを進み始める。少女も慌ててそれに付いて行った。
開けた場所からまた森に入って少し歩くと崩れかかった家があった。そして家の前には30個程の墓があった。
「えー・・・っと、あ、ここだここだ。」
若者は先程拾った人形を1つの墓の前に丁寧に置く。その様子に少女は何も言えないでいる。
「ここはさ、俺の村があったんだ。」
若者が少し寂しそうにポツリと呟く。
「俺は山に狩りに出かけてたんだ。そのときに魔王が攻めてきたらしくてさ。帰ってきたらみんな死んじまってた。」
若者の話が止まる。少女は何も言えない。ただ、じっと話の続きを待つ。
「今日はな、みんなに報告するためにここまで来たんだ。『魔王は死んだ。安心して寝てくれ』って。」
若者の寂しそうな笑顔を見て、少女は握り拳をキュッと握りしめた。
墓1つ1つに手を合わせ、雑草を抜いて・・・若者の用事が終わるころには、太陽が西に傾きはじめていた。
「このまま夜の森を歩くのは危険だから、今日はここで野宿でもいいか?」
少女はコクンと頷く。
「悪いな。目の前に墓があって不気味かもしれないけど安心してくれ。ここに居るのは俺の生まれ育った村の奴らだけだ。悪さする奴はいないはずだ。」
若者はカラカラと笑いながら火をおこす。そして少女を焚火の前に座らせ、スープの入ったコップを渡した。暖かいスープを一口飲んで、少しだけ緊張もほぐれる。少女は意を決して若者に尋ねる。
「やっぱり・・・魔王をうらん・・・
「恨んでるよ。」
それは先程までの陽気な調子とは全く違う、ゾッとするほど冷たい声だった。
「叶うのなら俺の手で殺してやりたいくらいだ。そのために冒険者になった。魔王を殺すことだけを考えて強くなった。平和な世界が来たことを喜ぶ一方で、俺の手で殺せなかったことが悔しくて仕方がない気持ちでいっぱいだ。」
そこまで話して若者は、子供に話すことではないと気付き、口を止める。少女は驚いたような、ショックを受けたような、そんな顔をして若者を見ていた。若者は苦笑いをしながら、
「・・・つまらねぇ話しちまったな。寝ようぜ。」
そう言って少女に背中を向けて横になった。少女はその背中を何も言わず、しばらく見つめていた。
次の日、若者が目を覚ましたときには少女はいなくなっていた。
「・・・そりゃそうか。」
若者は苦笑いをしながら、少しの寂しさとともに故郷を旅立った。
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