責任と約束

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 気付いたときには、若者と少女は故郷の墓前にいた。  無我夢中で剣を振るい、ギルド長に一太刀浴びせたところまでは覚えている。民衆が動揺した一瞬の隙を突いて、少女を抱え、広場を抜け・・・そこからは覚えていない。  若者は傷の手当てをするために少女を地面に寝かせた。少女の顔を改めて見る。血まみれでひどく腫れ上がっていて、どんな顔だったのかわからないほどになっていた。全身が痣だらけで左腕は変な方向に曲がっている。どこに傷薬を使ったらよいかわからない酷い状態だった。不意にペンダントを探す約束をしたときに見せた少女の笑顔が頭に浮かんだ。その笑顔が涙でぼやける。若者は頬を涙でぬらしながら、少女の全身に傷薬を振りかけていった。  少女の手当てを済ませたあと、若者は緊張の糸が切れ、意識を失った。  近くに誰かの気配を感じる。若者が反射的に剣を握りながら目を開けると、目の前には少女が立っていた。 「お前・・・傷はもう大丈夫なのか?」  若者は呆気にとられて少女に言った。まだ全身に痣はあり、顔もまだ腫れてはいるが、先程のような瀕死の状態ではなかった。 「うん、魔王だから。」  少女の言葉に若者は眉を寄せる。この少女が魔王であることを若者は認めたくはなかった。しかし少女のその言葉は若者に真実を突きつけてきた。やはり魔王だったのか、胸の苦しさを感じつつ若者はそう思った。  そんな若者の反応を気にせずに、少女は歩き始める。 「まて、そんな傷でどこに行くんだ。」  若者は反射的に少女の手をつかむ。少女は握られた手をジッと見つめたあとに答える。 「町。」 「町って・・・今度こそ殺されるぞ。」  若者の声が自然と大きくなる。 「知ってる。そのために行く。」 「なんでだよ!」  若者の声はいつの間にか怒鳴り声に変わっていた。少女は少しビクッとして一瞬目を閉じたが、先程と同じ調子で言う。 「私が魔王だから。ううん、少し違う。魔王になってしまったから。」 「なってしまった・・・?どういうことだ?」 「ペンダントを探してるって言ったよね?実はそのペンダントが魔王の力の源なの。」  驚いて声も出ない若者を見ながら、少女は話を続ける。 「身に付けるととてつもない力が手に入るけど、選ばれた人しか身に付けることができないの。だから魔物たちは私を大切にしてくれた。丁度、お父さんお母さんに捨てられて死にそうになっていたときだったから、生きるためには魔王になるしかなかった。」  少女は少し悲しそうに目を伏せる。 「『生きるためだから仕方がない。』そう思って色々やってきた。でも、ペンダントを落として、仲間だと思っていた魔物にも攻撃されて、助けてもらったあなたの想いを聞いて気付いた。」  少女は若者の目をまっすぐに見て言った。 「私一人が生きるために多くの人を悲しませてきた。生きるためとは言っても、それが許されるわけがない。だから魔王として責任を取らないと。」 「責任って・・・」 「みんなの目の前で殺されて、平和な世の中になるんだって知らせてあげること。」  少女はそこまで言って、若者の手を柔らかく振りほどいた。クルリと後ろを向き、歩き出す。若者はその手をもう一度つかみ直す。先程よりも強く。 「本当は、あなたに殺されたい。この村の責任を取りたい。」  少女は振り返ることなく呟く。若者は何も答えない。 「私が憎くないの?ここに居る人たちをみんな殺したんだよ?」  少女は振り返ることなく若者に問いかける。若者は何も答えない。 「私が憎くないの?!自分が生きるためって身勝手な理由で・・・ 「落としちまえ!!」  若者は怒鳴った。周りの墓標をチラリと見る。一瞬迷ったあと、小さな声で「ゴメン」と呟き、大きく息を吸い込み叫んだ。 「そんなペンダント見つける必要はねぇ。そんなものは落としたままにしちまえ!」  少女が何かを言おうとしたが、その前に更に叫ぶ。 「魔王なんて肩書も落としちまえ!責任も過去も落としちまえ!!全部ペンダントと一緒に落としちまえ!!!」  少女は振り返る。目には涙が溜まっていた。 「でも、あれがないと私生きて・・・ 「俺が何とかしてやる!だからすべて落としちまえ!!」  家族や村人が突然いなくなった悲しみを許した訳ではなかった。魔王への憎しみが消えた訳ではなかった。ただ、このまま痛々しい顔の少女を見捨てることができなかった。若者は返事を求めて、少女をじっと見つめる。 少女の目から涙が零れ落ちた。
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