責任と約束

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 雑草が生い茂り、どんどん道らしい道がなくなっていく。そんな森の中を1人の若者が進む。額に鉢金を巻き、皮鎧とブーツ。腰には鉈と少し短い剣、そして小さなポーチを下げている。冒険者であればよく見る姿だ。  ここはよくある剣と魔法の世界。  魔王が世界を手に入れようと画策し、冒険者が平和な世界を守ろうとする世界。  ・・・というのは1か月前までの話。  1か月前に突然、魔王の邪悪な魔力が消えた。初めは何かの罠かと思い、人々は警戒をしていた。しかし10日経っても一向に魔王の気配が戻らず、魔物たちの統率がなくなり始めたことから、誰かが魔王を倒したのだと人々は結論付けた。人々は平和な世界の到来に歓喜し、3日3晩世界中の至るところで宴が開かれた。  ひとしきり平和の喜びをかみしめた人々は、次にどこで誰が魔王を倒したのかを調べ始めた。冒険者を調査依頼という形で世界中のあらゆる場所へ派遣し、魔王を倒した勇者を探し始めた。  森の中を進むこの若者もそんな冒険者の1人だった。もともとこちらの方に用事があったため、若者にとって勇者捜索依頼はついでだった。 「こんな場所に勇者なんていないだろうけどな。」  若者はそうつぶやきながら一応仕事なので辺りを見回しつつ、朽ちかけた街道を進んで行った。  それからしばらく歩いた。森が深くなり、朽ちかけた道を小枝や藪が阻み始めた。若者は腰に携えた鉈を抜き、進路を阻むものを切り払っていった。  そのとき遠くの方から何かが聞こえた。若者は鉈を握る手を止めて、耳に意識を向ける。その音が人の悲鳴だとわかった瞬間、若者は悲鳴が聞こえた方向へ駆け出した。  走っている間にも悲鳴は何度か聞こえる。その悲鳴を頼りに辿り着くと、黒髪の少女が頭を抱えてうずくまり、その周りを3体のゴブリンが囲んでいた。  若者は駆けてきた勢いそのままに、剣を抜き一番近くにいたゴブリンを斬り払った。十分な手ごたえを感じながら、振り向く勢いに任せて2体目に斬りかかる。突然の襲撃に油断していたゴブリンたちは、抵抗する間もなく絶命する。残された1体は若者に恐れをなし、何かを叫びながら走り去っていった。 若者が少女に近寄ると、少女はまだ頭を抱え、震えていた。 「おい、大丈夫か。」  その声にビクッと身体を震わせながら、少女は恐る恐る顔を上げる。年は15,16歳あたりだろうか。長く黒い髪に整った顔立ちをしており、まるで異国の人形の美しい人形のようだ。ゴブリンに殴られたのか、額を切っており、血が少し滲んでいる。若者は腰のポーチから傷薬を取りだした。 「動くなよ。」  そう言って、傷薬を手に取って、傷口に塗っていった。 「で、なんでこんなところに居たんだ?親とはぐれたのか?」  傷の手当てが一段落して、若者は少女に尋ねる。少女はまだ少し怯えた様子で若者の質問に答える。 「えっと…ペンダントを探していた。」 「ペンダントぉ?」  予想外の答えに思わず、若者の声が大きくなる。少女はビクッと震えて首をすくめる。 「あ、悪い。しっかし、ペンダントのためにこんなところまで・・・親は何も言わなかったのか?」 「親は・・・見たことない。」  その言葉を聞いて、若者はしまったと内心舌打ちした。こんな森の中に女の子が一人で来ているのだから、それなりの事情があるのは予想できたはずだった。気まずさを避けるために、若者は慌てて会話を繋げる。 「じゃあ、そのペンダントはお前にとって大切なものなんだな?」  少女はコクリと頷く。親のいない少女が、森の中で必死に探すペンダント。きっとそれは親の形見とかそういうものなのだろう。 「わかった。これも何かの縁だ。今の仕事が終わったら、そのペンダントを探してやるよ。」  その言葉を聞いて、少女は目を見開いて若者を見る。そして、ありがとうと言いながら、初めての笑顔を若者に見せた。
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