FORKER

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 少し電車を乗り継ぐ。電車の移動になると、僕らは途端に口数が減る。だからと言って別に次の話題を探そうと焦ることはない。関係という関係がないという豊島の見解は正しいのだろう。もし僕らの間にそれらしい関係があれば、お互いに関係を強固なものにしようと深掘りするはずだ。心理学部の二年生で小説を書いている。新本の後輩で、なにかと面白いものを好む。豊島について知っていることといえば、この程度だ。これ以上深く知る必要もないように感じている。  だがなんとなく、あの切りつけるような一言が強く残っている。  電車を降りると、ひとまず海が見えるところまで先導した。赤レンガ倉庫の前を通ったとき、なかなか趣があっていいね。隣から感想が聞こえてきた。 「中見てく?」 「入れるの?」 「ショッピングセンターみたいなのだから」 「ああ」トーンが下がった。  大桟橋ふ頭。赤レンガ倉庫を少し先に行ったところにある、国際ターミナル。施設について詳しくは知らない。僕のナビはそこに豊島を連れてくることで終了した。  今度は豊島が先を行く。人はいなかった。途中でガラス扉があった。ターミナル内部への入り口だった。遠目からでも中には明かりがともっていないことがわかる。ひとまず一周したかと思えば、だいたい中間地点に戻った。立ち止まる。 「いいセレクト」  海か遠くの建物かを眺める横顔は、果てしなく無表情だった。 「その感想は、もっと明るく言うべきだよ」 「そうかもしれない」少し間があった。「先に帰ってもいいよ」  すぐに答えられなかった。細目が見ている先を追う。陽光に乱反射する水面の向こうに、さまざまな高さの建物が雑然としている。こうして見ていると、横浜の町並みは意外と小さいように感じる。 「あのさ――」  続きがうまく出なかった。いったん口を閉じる。動かそうとしたが、喉元で言葉がつかえてしまう。言いたいことがたくさんあった。確かにあったはずだった。けれど僕は、言葉にできなかった。  ――いや、できなかったのではない。  言葉を途中で止めてしまったのに、こちらを振り返りもしない。海の輝きは何度でも移り変わった。思わず目に力が入る。とても強い反射が、飛び込んできた。一瞬の出来事だった。僕は再び、紙を後ろで一つに束ねた横顔を見遣る。糸目はいつも通りの細さだった。カフェで原稿を渡したときと、何ら変わらない。  ふと、豊島の笑顔を思い出そうとする。だがすぐに、馬鹿らしくなった。  僕はそっと、隣を離れた。
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