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「めずらしいな」
スマートフォンから顔を上げると、テーブルの向こうに新本が立っていた。滅多に合わない人物に、なかなか声が出なかった。大学三年生になってから、まったく会わなくなっていた。目標に向かって突き進んでいく大学来の友人とは、履修する科目が一つもかぶらなくなった。入学式で偶然隣同士になって成り行きで友人になったせいか、講義が一つもかぶらなくなると飲みの誘いもこなくなった。大学以外での約束を取りつけるのは、決まって新本からだった。
「川北って、この時間空きコマ?」
「いや――」講義名を口にする。
「んだよそれ」軽く笑う。「サボりかよ」
「食堂って何時に閉まるのかなって思って」
「その調査に一時から待機する必要があるか?」テーブルの向こうの椅子を指す。「座っても?」
うなずきながら、脳裏におとといの思考がフラッシュバックする。
大桟橋ふ頭を去ってから、いろいろと考えていた。電車の中で。最寄駅から家まで。自室のベッドに寝転ぶまで。結局、まとまらなかった。まとまるわけがなかった。水際とはほとんどの講義がかぶっているというのに、豊島と同じくらいにわからない。ならば、と答えを求めようとしたが、豊島と水際の連絡先を開いては消して開いては消してをしているうちに、思考は諦めて抱えている空腹に流れた。
夕食後に、新本に訊けばよいのだとひらめいた。水際と豊島は少なくとも大学二年生以前に出会っている。水際は豊島が小説を書くことを知っていた。新本は一年の頃から今のサークルに在籍している。豊島の小説に太鼓判を押せるほどには読んでいる。水際とも同じ学年――と散り散りになった思考のパーツが、新本に訊いてみようという意志を起こさせた。
とはいえ最近の状態からして、彼に会うことはないだろうと勝手に諦めた。が――
「あのさ」
「なんだよ」
「えっと――ちょっと、待って」
いざとなると、何を訊けばよいのかがわからない。
「なんだそれ」含み笑い。「あ、そういや川北、豊島の小説にダメ出ししたろ?」
「えっ、と――赤入れならしてるけど」
「それは前からだろ」真顔に近くなる。「もっと違う、いつもは言わないことだ」
「どの小説で?」
新本は、犬が死体を食べる話の題名を口にした。僕はおととい豊島に言った感想を再現した。すると、ああ、なるほど。勝手に納得されたかと思えば、隣の椅子に置いたリュックの中身をあさり出す。先ほどまで友好的で明るかった表情は、引きつった口元と冷たく見下ろす視線によって跡形もない。
間もなく、紙の束がリュックから引き出された。テーブルに置かれる。見覚えのある厚さに、持ち主を見返す。
「くだらない話だ」
あまりにもぶっきらぼうな一言に、反応がワンテンポ遅れた。「そこまで言うほどかな」
「読めばわかる」原稿をこちらに押し出す。
僕が原稿を手に取ったと同時に、新本もスマートフォンを手にした。
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