FORKER

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 途中までは、以前読んだものとほとんど変わりがない。赤入れの影響か、編集者の影響かは知らないが、表現の変化や改行の仕方などが変わっている程度だった。  だが、オチに一歩踏み出したところで物語は劇的に変化し、穏便に収まった。  青年は無駄な殺人を行わず、愛犬を偽物と決めつけて殺す。もともと死霊であった犬は、飛散して跡形もなく消えた。青年の気持ちは晴れ、以前に建てそこねた愛犬の墓を建てる――  僕は原稿をテーブルに置いた。「豊島らしいラストだ」 「ああ、かなり豊島らしい」スマートフォンから顔を上げる。「ひどいラストだ」  おいおい。僕は大学来の友人をなだめたくなった。「前は豊島の小説でつまらないことはないって」 「前はいいんだ」スマートフォンの画面を下に向けてテーブルに置く。 「今と前も変わらない」 「いいや、変わった」紙束を手に取る。「もっとも最低な方向にな」 「どうしてそんな」 「じゃあ訊くけどさ」無理やりリュックに戻し始める。「読んでどう思った?」 「どうって、豊島らしいと思ったけど」 「じゃあ、あいつらしさってなんだ」  じわりと焦りがにじむのを感じた。こういう、穏やかな――飛び出していく声が、自分のものではないように感じる。 「それを決めるのは誰だ?」  押し込まれ続けている紙が、中でひしゃぐ音がする。 「別に創作論を語るつもりはねえし、どうでもいい。好きに作って好きにやればいい。それが一番面白いんだからな。けど、これは――違うだろ」  ようやく、リュックのチャックが閉まった。  僕はじわじわと這い上がってくる何かを感じている。  どうして。新本のそれだって、決めつけじゃないの? 「あいつの小説を一番長く読んできたのは誰だと思ってる」  それは、僕よりは長いだろうけど―― 「今までで、あいつの小説を一年以上読めたやつはいねえよ」  何を言って――僕はまだ何かしら粘った。けれどそれらは僕のうわべをなぞっているだけだった。豊島がオチを変えたのは、僕の一言のせいなのだろうか。面白かったとは言ったはずだ。いや、言ったのだったか? 何か心無いことを言わなかったか? たぶん言ったのだろう。そうでなければ変える理由などない。  けれどおかしいではないか。文学に精通していない人間の意見を聞くなんて。今の口振りでは、編集者である新本は今回の話を認めていたはずだ。少なくともオチを変えろという指摘はしていない。  もし僕が言わなければ、オチは変わらなかった――? 「あの、さ――」  頭の中で自然と、一つの質問が浮かび上がる。 「どうして、僕に豊島を紹介したの?」 「今さらかよ。でも、そうだな」スマートフォンを手に取る。薄く笑った。「相性、かな」  相性。訊き返すと、相性。同じ言葉を返された。微苦笑をじっと見ていると、一度だけ目が合った。眉が上がると同時に逸らされる。深いため息をついた。 「まあなんだ――たいした理由はない。たまたまあいつがいて、たまたま俺たちがあの飲み屋に行って。そんで知り合いが二人いて、知り合い同士は面識もない。ときたら、まあ紹介したくもなるだろ」  弁明はまったく違う誰かに向けられているような気がした。
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