魔女のいるパン屋

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 知的でミステリアスで美しい外見、少しの情報だけで人の事情を暴いてしまう高い知能。それらによって、常連客は彼女を「魔女」と呼称しているのだろう。 「いや、完敗です。『魔女』と言われているらしいのでどんなもんかと吹っ掛けてみましたが……。完膚なきまでにやられました。本当に魔法が使えるみたいですね」 「ああ。そう言われてらしいですけね。本当に、たいしたことじゃないんですよ。お客様とお話がてら、いろいろ想像しているだけなんです。しかし、今回はありがとうございます」 「えっ?」  不意にお礼を言われて、凛弥は虚を衝かれる。感謝されるようなことをしたつもりはないのだが。 「いえ、とても楽しい謎解きタイムだったので。できればまた、お願いしたいところです。……ふふ」  とても楽しそうに、無邪気に加賀見は微笑む。本当に心底満足いく時間を過ごせたらしい。  一瞬だけ、おもちゃに夢中になった子供のような、純粋さが垣間見えた気がした。  知識豊かなパン屋の魔女が放ったそれは、あっさりと凛弥の心臓を捉えてしまう。  ――あ、もう無理だ。なんだこれ。こんなの、無理だろう。  麦田凛弥、二十歳。人生で初めての一目惚れを、吉祥寺ハモニカ横丁外れのパン屋で、不意に食らってしまう。  なんて恐ろしい魔女なのだろう。凛弥はあっさりと、その術中にはまってしまったのだった。
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