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薔薇色の未来
ピザが落ちていた。
それも、道の真ん中に。
ご丁寧に、宅配用の箱に入ったまま、綺麗な状態だが、蓋が開いている。
店頭での受け取りは不可で、配達のみの店のピザだ。
だから、店頭で購入した人が帰り道に落とすはずは無いし、デリバリーバイクのボックスから落ちたとしても、蓋が開いているにも関わらず、こんな綺麗な状態を保っているとは考え難い。
ベンチのある歩道などではなく、狭い道路の路側帯だから、とても落ち着いてピザを食べられる様な場所でもないから、忘れ物というわけでもないだろう。
おそらく、誰かが意図的に置いたのだろうが、一体どんな意図があるのだろうか。
そう思って梅村香世は、スマートフォンで写真を撮った。
それを、物陰から見つめる男がいた。
馬場豊嗣、三十六歳。フリーのプログラマー。ひょろりと背が高く痩せ型、不健康なまでに色白で、目元には隈が出来ている。
豊嗣は、香世が道に落ちたピザを撮影すると、にやりと口角を上げた。そうして彼女が立ち去ると、周囲に人がいないことを確認し、ピザを箱ごと回収した。
『ピザ落ちてた(※蓋もこの状態でした)』
そんなコメントと共に、ピザの写真がSNSに投稿されたのは、その日の夕方だった。それは間違いなく、豊嗣が置いたものだ。
ピザが落ちていたという投稿は思いの外多く、一切れだけの写真や、スーパーで売られているパック入りのもの、中には、外国と思しき背景のものまである。しかし、検索結果を投稿順にソートすれば、目当ての投稿はすぐに見つかった。
投稿者のアカウント名は『プラムプラム』。苗字である梅村から付けたのだろう。過去の投稿には、カフェやアクセサリーの写真が多い。中には、その日のコーディネートを上げたものもあり、その中に一つだけ、見覚えのある服装もあった。
「見つけた。駄目じゃないか、こんな簡単に身バレしちゃって」
豊嗣はそう呟くと、女性名のアカウントを作って『プラムプラム』をお気に入りに登録した。
これで、香世の行動が分かる。
今までは密かに跡を付けていたが、何かの拍子に露見する危険性が高い。
しかし、投稿を元に偶然を装って同じ場所を訪れ、徐々に接近するなら、警戒される可能性は低くなる。香世の好みを把握し、話を合わせ、親しくなればいい。
この時の豊嗣は、自分の未来が薔薇色だと信じて疑わなかった。
香世とは、仕事で出会った。この前納品した案件のクライアントだ。元請け先の紹介で、一度だけ顔を合わせた。
一目惚れだった。
切れ長で知的なアーモンド型の目に、濃い茶色のセミロングのさらさらとした髪。節度のある落ち着いた、けれどもフェミニンな紺色のジャケットと白のフレアスカート。
全てが、理想通りだった。
話してみれば、クライアントによくある傲慢さは無く、はきはきとした受け答えの中にも、こちらに対する気遣いが現れている。
「ご無理を言って申し訳ありません。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
最後にそう挨拶され、丁寧に頭を下げられた時には、豊嗣の心は完全に、香世に囚われていた。
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