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振り向くと、リアさんがいました。焔でできた狼にまたがって、ニヤニヤと笑っています。
「リアさん……」
わたしに向かって、リアさんが片目を不器用に瞑って見せたのなんなのでしょう。リアさんが背後に滑り降りるのと、焔の狼が更に二頭を引き連れて、飛び出したのは同時でした。
わたしたちを遠巻きにしていた兵士と宮廷人たちに、狼たちは襲いかかりました。その凄まじい高温は、犠牲者を一瞬で炭化させ、辺りを火の海に変えていきます。
宮殿の内部はあっという間に焔と煙が渦巻き、人々が逃げ惑う阿鼻叫喚の地獄図へと変わりました。
更に狼の一頭が高く宙に舞うと、加速を付けて、床をぶち抜き、宮殿の下部に突入しました。下から突き上げるような衝撃に宮殿全体が震え、床の穴から猛然と黒鉛が吹き上がったのは、その一瞬の後です。
「リアさん、やめてください。ここまでする必要は――」
「あるんだよ」火の粉が吹き付ける中で、リアさんは言いました。
「あたしはあんたたちを助けに来たわけじゃないんだ。こいつら、あたしにだまし討ちを仕掛けやがったんだ。金が惜しかったのか、あたしの態度が気に入らなかったのか。どうでもいいけどね。裏切りの落とし前は付ける。うちらの稼業の鉄則だよ」
「……バカな人たち」
「前から知ってたけどね」
「そんなことはいい」リウロくんでした。彼は額の血を拭って、「急がないと煙に巻かれる」
「よしきた」
言いざまリアさんはわたしを抱き上げて、帆車にまで運んでくれました。
わたしが礼を言いかけた、そのときです。
鈴の音が、聞こえたのは。
わたしは煙を透かし見ました。
宮殿の内部はすでに焔と煙に渦を巻いています。そんな中、玉座の王は相変わらず、鈴を振っていました。誰が聞くというのでしょう。
「自力で逃げたら。まだ間に合うかも知れないよ」
同じものを見たリアさんが声を掛けました。返事は鈴の音でした。
リウロくんは王のことなど知りません。帆車を切り欠きから押し出しました。
ですから、わたしは王の最後を見届けてはいません。
けれど宮殿の斜面を滑り降りながら、わたしは鈴の音が、ずっと聞こえているような気がしていました。
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