プロローグ

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 寸詰まりは腰を深々と折るとバカ丁寧な一礼をして見せた。若くないことだけは分かる、のっぺりとした顔には陰険そうな笑みが、分厚い化粧を通して滲み出ている。 「はてさて、それはあなた様の御役目でございます。どうして、わたくしめがそのようなことを考えねばならないのでしょう?」  天を仰ぎたくなるのを、リアはこらえる。  今回の依頼主は、リアのような存在を、半ば公然と自分の宮廷に呼びつけるような欠陥おつむで、故に彼女は彼のことを「間抜け王」と名付けたのだが、その間抜けとの謁見の間、化粧も身なりも寸詰まりとそっくりの廷臣どもが玉座の周囲をちょこまかと走り回っていた。  連中にとっては宮殿の中だけが世界で、その外側など存在しないようなもの。その小宇宙の内部でまかり通る理屈なら、それが外側でどれほどの面倒を引き起こそうが知ったことではない。もはや彼らの小宇宙を支える世界の土台はボロボロで、そんなことを言っていられる状態ではないのだか。  けれど、うんざりした気分を突き破って、その時の記憶に、なぜか後頭部を突かれるような気がする。  待てよ。  さしもの「間抜け王」も大勢の廷臣を彼女に紹介するほど暇ではなかったが、短い会見の間も、ああしろ、こうしろと下らぬ指示を出しまくっていたので、何人かの名前は耳にした。  彼らの外観は瓜二つで、区別は付かなかったが、リアのような〈愚者〉は心的波動を見ることができる。思わず、リアは指を鳴らした。 「ビンゴォ」 「まずはご自分の責を果たされるが宜しいか、と――」寸詰まりが顔をしかめる。「今なんと?」 「天使語で大当たりの意味かな、ルルキアさん」  寸詰まりの口がポカンと開いた。 「靴の刺繍の色を変えろだっけ? 今なんで、そんな話って思ったからなあ。よく覚えてるよ。ルルキアさん」 「……我が名がなんであれ、今は関係ございません」気を取り直して、ルルキアは続ける。 「どうなさろうとあなた様の御勝手。ただし、お忘れではございますまい――」 「そうはいかない。あんたの尻ぬぐいなんだから」  無造作に投げつけられたリアの言葉に、のっぺりとした官吏ヅラが朱を散らす。 「お言葉ながら、あなた様のおっしゃる不始末、あくまでもこ奴らのしでかしたこと。すべて、わたくめのあずかり知らぬことで――」 「だとしても、あんたが責任者として現場にいたことは事実だから」かつ王の歓心を得ようと、しゃしゃり出たあんたが部下の足を引っ張ったこともね、と内心で付け加える。 「そのことはきちんと王にも報告させてもらうから。そう聞いたら、事後処理にも気合が入るんじゃない?」 「…………」 「今、この場にいる者は全て朕の腹心なりとか、言われてたじゃん。そーゆ偉いさんはさ、たとえ部下がやったヘマでも自分で引き受けるもんだよ」 「くっ」  不意に、ルルキアが笑い出した。「くくく、愚かさとは、まことに度し難いもの」 「あん?」 「何故、余計な差し出口など叩く必要があったのでございましょう。見ざる言わ猿は処世の金言。余計なことに気を回さず、己が本分のみ果たしておれば、あなた様とて、こんなところで死なずに済んだものを」 「ああ、なるほど」うんざりしすぎて、リアは天を仰ぐ。「自分のことをあの間抜けに(ちく)られないよう、ここであたしの口を封じようってわけだ」 「なんと!」わざとらしく、ルルキアは絶句する。「なんと。我が主を間抜――。ああああ下郎! その一言のみで万死に値することを思い知るがよい。者ども、斬り捨てよ」
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