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「さて、リアと言いましたか、〈道化師〉の女」
神官のイツツアさんは、停めた蒸気車からひょいと飛び降りたリアさんに声を掛けました。柔和な笑みに近い表情を浮かべています。
若い頃はさぞや美貌を謳われたろう、整った容姿は、今は一面の細かいシワに覆われていて、かなりな高齢であることを伺わせます。けれど、その物腰には老いによる衰えを欠片も感じさせません。そんな傍証を挙げなくとも、花人一如の境地にあることは、その威厳だけで明らかでしたが。
「そっちは神官のイツツアさんだね。……聞いていいかな。なんであたしの名前を知ってる?」
「こちらで捉えたマグ王の配下が話したのです」
「ああ。兵隊の練度以前に、情報管理の問題だなあ。舌噛んで死ね、なんて言わないけどさ。なんでそんな下っ端が、あたしの名前を知ってなきゃいけないんだ?」
「マグ王の国は芯から腐り果てているのですよ」
「あ。それは同意。一瞬、いっしょに仕事しただけでそう思った」
「なら、なぜそんな連中の仕事を受けたのです?」
「報酬の問題もないとは言わないけど。仕事の内容が興味深かった」
「そうですか……」そう言いながら、イツツアさんは口元を引き締めました。
「やはりあなたは外道のようですね、〈道化師〉の女」
リアさんの方はそう言われて、むしろ楽しげに破顔しました。「はは」
「あなたの一族の名は口に出さないでおきますよ。汚れますから」
「ああ」リアさんはちらと鎌の逆さ髑髏を見やって、「あたしは破門・放逐の身でね。連中とはもう縁がないのよ」
「〈守護者〉は独自の情報網を持っています。あなたの噂を聞き知っている者もいます。あの魔女の後継者筆頭に目されたあなたが、〈闘士の赤〉に〈喰われる〉などして、一族を追放された経緯を、わたしも聞かされました」
「それはお気の毒。退屈だったでしょ」
「ええ。あなたにも、あなたの一族にも、わたしの興味はありませんから」
そう言って、イツツアさんはわたしを見やって、目を細めました。彼女の目が光ったように思えたのは、気のせいでしょうか。
「まさかとは思いましたが、追いかけてきてよかった。斥候の報告を聞いたときは、そのまさかが本当になったことを知って、怒りで血が煮えるかと思いましたよ」
「それはそれは」
「取り返させていただきますよ。わたしたちの、大切な、大事なものを」
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