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「リアさん」わたしは尋ねました。「リアさんはどうして、そんなことに手を貸したのですか?」
「あたしはね」とリアさん。
「〈喰われた者〉の仲介業みたいなことをやってるんだ。修行して〈花人一如〉を極めたような手合いは大抵宮仕えだけど、〈花〉の気まぐれで産まれる〈喰われた者〉は、能力を持て余してる者が多い。そうした連中を、彼らの能力を欲している雇用主と引き合わせるのが仕事だよ。そうなるとさ。殊に〈愚者〉宛の仕事なんて、表に出せないようなものばっかしだ。ことの善悪で仕事を選り好みしたりはしない。そういう主義なの」
「嘘です」
「嘘って――」
「リアさんはそんな人じゃない。理由を教えてください」
「あのね」リアさんはカッとなったようです。「あたしの顧客、教えたげようか。いい。ポーリーヌ・オウタヴァルガ。知らない? 〈雌蛭〉って異名だけでろくでなしって分かる……。じゃあバッカス……のことを知ってるわけないか。それなら、さすがにこの名は知ってるでしょ。〈黒い太陽〉のアリス・マリア・クラウド」
「〈ハルドシュタッドの虐殺者〉?」これはリウロくんです。
「そう。その通り。戦争回避を口実に、一夜のうちに二億人をなぶり殺しにした、最凶にして最悪の平和主義者、〈革命を照らす黒き太陽〉と呼ばれる女が、あたしの顧客なんだ。善悪なんか気にして、仕事を受けるわけないでしょ」
「嘘です」
「……」
「殺生は好きじゃない。自分で言ったじゃないですか。さっきの戦いの中でも、なるべく人死がでないように、力を振るうのを抑えてた。そんな人に善も悪もないなんて言われても信じられない」
わたしはこの短い時間ですが、一緒にいて、感じたことを信じていました。いえ、信じたかったのかも知れません。
「リアさんはなんの理由もなく、悪いことを引き受ける人じゃありません」
「だから……」
「なんです?」
「あたしの個人的事情」
「個人的?」
「つまんない理由」とリアさん。
「〈守護者〉は心の守りも固いんだ。容易に意思を奪ったり、忠誠心を埋め込んだりはできない。もしそんな事ができれば、それだけで〈道化師〉として、破格だと分かる……」
「それはつまり?」
「……そうすれば、あたしを放逐した一門の鼻をあかせてやれる、と思ったんだ――」
納得できる理由なんかあるはずがありません。
リアさんの理由は、リアさん自身が言ったとおり、下らないものでした。
それでも、それを口にするときのそっぽを向いたリアさんの横顔で、わたしは充分でした。
わたしの判断は間違っていません。
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