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ほんとうなら、わたしは絶叫を上げていたはずです。猿ぐつわをはめられていなかったのは、そのためでしょう。王たちはそれを楽しむつもりだったのです。
でも、わたしは死人です。痛みとは縁が切れています。
焼きごてによる止血、薬剤の塗布、包帯による仕上げといった、無意味な一連の処理を唇を噛んで、わたしは耐えました。痛くはなくても、悔しくはあったからです。そもそもこの身体はわたしのものではない。借りているだけの、サリナさんのものです。
「その名をお呼びすることすら許されぬ、高貴なる御方よりの御下賜である」
わたしは視線を上げて、プクさんの顔を睨みつけました。わたしが叫びを上げなかったことが、よほど気に入らなかったのでしょう。顔が不快そうに歪んでいます。
「心して味わえ」
あっと言う間もありません。両脇から伸びた腕が、アゴを押さえ、鼻を摘み、歯の間に指がねじ込まれて、わたしは口を開けさせられました。
そうしてプクさんの匙が、蜜のようなものを、わたしの口に流し込んだのです。
たぶん、これがリアさんが言っていた〈オピウム〉でしょう。
味覚は死人にも残るものらしく、苦さで舌がしびれました。でも、それだけです。快感のようなものはなく、意識ははっきりしたままです。死人に〈オピウム〉は効果がない。あたり前のことでした。
「お言葉を伝える」またプクさんでした。
「雨を降らせよ、との御下命である。この地をティーレン王国の如く、恵みの大地となすのだ。雨を直ちに降らせてみせよ」
できません、ともう一度答えるべきだったでしょうか。
でも、この人たちに、マグ王に何を言っても無駄です。
リアさんの話も少しも聞いていなかった。
少しでもリアさんの話を聞いていたら、死人であるわたしを、痛みや〈オピウム〉では操れないことは理解していたはずです。
わたしはうなずいて、「空が見えるところまで連れて行ってください」とだけ言いました。
椅子のようなものが持ち出され、黒服の人たちによって、わたしは例の切り欠きの手前にまで運ばれました。
空を見上げ、雲を呼び寄せます。
〈インターフェース〉の力は凄まじく、あっという間に分厚い黒雲が空を覆い尽くします。
もし周囲の平野が泥濘に変じるほどの大雨を降らせたなら、王も少しは懲りるでしょうか?
まさか、と思って笑ったとき、わたしは視野の隅に動くものを認めました。
前方の、小高い丘の上で揺れている、生成りの帆。
一瞬の迷いもなく、それがリウロくんの帆車だということを、わたしは確信していました。
わたしは帆車の中の人影を見つめました。わたしからはそれが人だということくらいしか判りません。けれど彼の方は遠見を使っていたのでしょう。
彼はわたしをどう見たのでしょう?
帆車が動き出して、丘を駆け下ります。わたしを目指して、一直線に。
彼は約束を果たすつもりなのでした。
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