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エピローグ
平原で頓挫した宮殿は今も紅蓮の炎に包まれ、真っ黒い煙を吹き上げています。生き残ったはずの、護衛の兵士たちの姿もどこに消えたのか、今は見えません。
異臭が、わたしたちがいる高台にまで漂ってきています。色んなものが、ほんとうに色んなものが焼ける匂いが入り混じっています。
「やったのはあたしだしねえ」それを眺めているわたしの顔を見て、リアさんは言いました。
「宮廷人は死んだほうがいい連中。動力源にされてた奴隷は死んだほうが幸せな連中。あたしにしてはいいことしたなあ」
宮殿から目を背けて、わたしは精一杯笑ってみせました。気を使わなさそうな人に気を使わせたのですから、こちらも気を使わないと。
「あの村で待っててくれ」リウロくんは無表情です。
「俺は討伐隊に一度戻る。無駄だとは思うが、君を受け入れてくれないか、話をしてみる」
「いいんです」わたしは言いました。「どうせ二年だけです。その間だだけ、この身体を――」
「イストレイジ」
「ん?」
「彼女が〈花人一如〉になったらどうなる?」
「へええ」感心したような声を、リアさんは出しました。
「彼女みたいな構築人格が、〈花人一如〉を極めた例は稀だけどね、ないわけじゃない。その場合、元の肉体の耐用年数は問題にならなくなる。奏術を極めた爺さん婆さんが、いつまでもピンピンしてるのと同じ理屈でね。だからそのコが〈花人一如〉を極められたなら、二年どころが永遠にだって生きられる」
リウロくんはわたしを振り向きました。
「だそうだ」
「でもそれは……」わたしは狼狽えていた、と思います。「無理です。〈花人一如〉の境地なんて」
「ならあたしみたいに〈喰われる〉か」リアさんは楽しそうです。
「そんな、あたしなんか食べてくれたりしないでしょう」
「そんなことない。〈花〉は悪食だから。構築人格どころか、死んだ人間の残留思念が〈喰われた〉例もある。肉体の死後にまで残存した呪詛の念が、喰われて産まれた〈怨霊〉を一体、あたしも知ってる。そうは言っても、こっちの都合で喰ってくれと言っても、喰ってくれるわけじゃないのは確かだけど」
「ほら」わたしは声を張り上げた。「無理に決まってます。二年しかないんですよ」
「二年もある。やってみてだめなら諦めればいい」
「でも」
「サリナ姫様は天才だった。姫様の奏力を君が受け継いでるなら、できるはずだ」
「…………わたしは、その。……サリナさんじゃありません」
「知ってる」
その声にわたしは顔を上げました。
「あの峠でデクをかばったことを覚えてるか?」
「……ええ」
「姫様は、あんなことは絶対言わない人だった」
「……」
「イストレイジ。彼女をあの村まで送ってくれ。それと、できるなら足をなんとかしてやってくれ」
「やれやれ、少年」リアさんが肩をすくめました。「あたしが誰だか知ってるのか? 冷酷非情の――」
「それも知ってる」
「あん?」
「その冷酷非情の一族を、人が良すぎて追い出されたんだろう」
そう言われた瞬間のリアさんの顔は見ものでした。
「あ、あ、あ、あたしが、なんだとお!」
リウロくんはさっさと、振り返りもせず帆車で行ってしまい、わたしは――。
「何、笑ってるの!」
「………………わ、笑ってなんか……い……ません……ぷ」
「……」
「ごめんなさい……」
「ああもう、いい。わかった。しょうがない。連れてってやる、もう」
「……すいません」
そのとき、上空を漂っていた〈インターフェース〉が、わたしの手の中に舞い降りてきました。
「懐かれてンのね」リアさんは首を傾げて、「革紐かなんかで、そいつからぶら下げる……」
「なんです?」
「足の話」
「はあ……。名前を、付けてあげたほうがいいでしょうか」
「名前なら、あんたのほうが先でしょ」
「ああ、でも……」
「ふん」リアさんは小首をかしげて、「……こんなのはどう。あんたがシエルで、そっちがブルー」
「え。わたしが――シエルですか」
「そ。一般的なエンゲレスとは別系統の天使語、フランセでシエルが空、ブルーが青を意味する。だからあわせて青空だよ」
「シエル、ブルー……、青空」
「気に入ってくれて嬉しい」
「わ、わたしまだ何も」
「じゃあ、行こうぜぇ、シエル。飛ばすから捕まれ」
「ああもう。お返しですか」
笑いながらリアさんが走らせた蒸気車は、丘を下り始めます。その先には青空が広がっていました。
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