プロローグ:2 瞳

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 彼は学院の大学で助教授を務めている。父親が理事長を勤める学院は、朱里達の住まいの裏手にあった。塀で(へだ)てられているだけで、敷地の一部が背中合わせのようになっている。  朱里は兄姉三人で暮らしていた。物心がついてからの記憶を辿っても、父親の顔を見たのは数えるほどしかない。  母親の顔は全く知らなかった。朱里が生まれてすぐに逝去したと聞かされていたし、双子の兄達と朱里は腹違いになる。異母兄妹だった。  麒一(きいち)麟華(りんか)の母親も、朱里が生まれる頃には亡くなっていたという話である。  複雑な繋がりであるが、朱里はこれまで両親の不在を寂しいと嘆いたことはない。麒一と麒華が、幼い頃から妹の朱里をとても可愛がってくれたからだ。 「麒一ちゃんって、いつもこんなに早いの?」 「そうよ」  麒華によく似た兄の姿を思い浮かべて、朱里は素直に「すごいね」と感嘆を漏らした。 「朝ごはん、食べるわよね」 「うん。……顔を洗ってくる」  朱里は欠伸をつきながら、洗面所へ向かった。  鏡に映った自分の顔を眺めて、朱里(あかり)はぎくりとする。
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