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彼は学院の大学で助教授を務めている。父親が理事長を勤める学院は、朱里達の住まいの裏手にあった。塀で隔てられているだけで、敷地の一部が背中合わせのようになっている。
朱里は兄姉三人で暮らしていた。物心がついてからの記憶を辿っても、父親の顔を見たのは数えるほどしかない。
母親の顔は全く知らなかった。朱里が生まれてすぐに逝去したと聞かされていたし、双子の兄達と朱里は腹違いになる。異母兄妹だった。
麒一と麟華の母親も、朱里が生まれる頃には亡くなっていたという話である。
複雑な繋がりであるが、朱里はこれまで両親の不在を寂しいと嘆いたことはない。麒一と麒華が、幼い頃から妹の朱里をとても可愛がってくれたからだ。
「麒一ちゃんって、いつもこんなに早いの?」
「そうよ」
麒華によく似た兄の姿を思い浮かべて、朱里は素直に「すごいね」と感嘆を漏らした。
「朝ごはん、食べるわよね」
「うん。……顔を洗ってくる」
朱里は欠伸をつきながら、洗面所へ向かった。
鏡に映った自分の顔を眺めて、朱里はぎくりとする。
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