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1、いつもどおり
桜が綺麗な日だった。
毎日見飽きるほど見上げている通学路の、川沿いに咲き誇る樹齢百年の桜並木。
今日は天気にも恵まれて、桃色の花の隙間からちらちら木漏れ日が降ってきており、春特有の浮足立つような不思議な気持ちになる。
まあ、とにかく風情とかいうものがあんまり理解できない俺でも綺麗だと思うほど、今日の桜は輝いて見えたってこと。
「あれ……」
ふと桜並木の終わりにある電柱の前で立ち止まる。そこには風にひらひら舞うA4の張り紙があって、
『川沿いの安全性確保のための河岸工事とそれに伴う桜の伐採について』
「え……伐採?」
俺がそうつぶやくと、
「そーなんだよ。この桜、なくなるらしい」
聞き覚えのある声に振り向けば、同じクラスの河津が目を細めて水面に視線を向けていた。
「ああ……河津か。じゃあこの木、古くて危ないから切られるわけ? でも、それだったら補強とかでどうにかなりそうなもんだけど」
「それじゃ金がかかり過ぎんだろ。何十本の老木を維持し続けるなんてどんだけコストがかかると思ってんだよ。ま、結局、世の中金ってことだ」
急に悟ったようにこちらを見た河津に、俺はちょっとムッとして、
「それはわかってるよ。ただ、生まれたときからこの桜並木があるから、正直なくなるなんて考えたことなかっただけだし」
「ふぅん、そんなもんか。俺は高校になって引っ越してきたから、あんま思い入れないけどな」
そうだった。河津は隣の県から引っ越してきたんだと入学式のとき言っていた気がする。改めて考えると、ここまでの2年間しか一緒にいないはずなのに、ずっと昔から一緒にいたような感覚だ。
それこそこの桜みたいだなと、また柄にもない感傷的なことを考えてみる。
「それより、大島は志望校決めた?」
「いや……次の模試の結果で決めようと思って」
こないだ入学したような気でいたのに、もう高3。受験学年になってしまった。
これから怒涛のように不安とプレッシャーが襲いかかってくると思うと、今から気が滅入ってくる。
「でも大島はいいよなぁ、頭いいし。旧帝大も夢じゃないんじゃねーの?」
「いや、それはさすがに無理無理」
ジト目でこっちを見る河津に、苦笑いを浮かべて否定する。
少し前までは。
そう、二年の冬の模試前くらいまでは、一番近い難関大を目指してた。
でもあのとき見た模試の結果で、そんなふわふわした夢から一気に覚めた。
もう少し早くから勉強すればよかったと思った。でも同時に、それが俺の身の丈で、ちょうどよかったのだとも実感した。
諦めというよりは納得といった感触だ。
そんなことを思い出してぼーっとしていた俺に、なぜか河津はそっと肩をたたいて、
「まぁ、ゆっくり考えろよ」
と笑いかけてきた。
模試の結果も、行きたい大学の話もほとんどしたことがないけど、もしかしたら河津は全てわかっているのかもしれない。
「なんか……河津が友達で良かった」
唐突にそう言った俺に、河津がぎょっとした顔で、
「やめろよ! 急に辛気臭くなるとか。気持ち悪!」
そう言って自分の両腕をさすり、一歩分の距離をとられ、俺は呆れた表情を浮かべた。
あーあ。
やっぱり、前言撤回。
こいつはなんにもわかってなかった。
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