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3、思い出探し
放課後は茜色の西日が教室の窓からさして、なんだか寂しい気持ちになる。
教室には日直であった俺しか残っておらず、後はリュックを背負って帰るだけだった。
「あれ? まだいたんだね」
目線を上げると、ドアからひょっこりと里座さんが覗いていた。
「里座さんこそ、まだいたんだ」
「あ、うん。転校の手続きでまだもらってない資料とかがあって……。それより、大島くんは今から帰るの?」
「まあ、そんなとこ」
俺はリュックを雑に肩にかけてもう一つのドア方に歩いて行った。
そして一歩出てから向こう側にいる里座さんに片手を挙げて、
「じゃ、おつかれ」
そう言ってさっさと立ち去ろうとしたけど、
「あ、待って!」
なんだなんだ。せっかくいい感じのタイミングでいなくなれそうだったのに。
完全にリズムを崩されてちょっと不機嫌になった俺は、眉を下げた顔のまま声の方に振り返った。
「何?」
「あ……呼び止めちゃってごめんね。あの、もしよかったら、一緒に帰らない?」
「は?」
別に望んだわけではない。
まあ、かと言って嫌かと聞かれればそんなことはないけど、彼女の意図がいまいちよくわからなかった。
かく言う俺はいつもの通学路を里座さんと歩いている。
どうやら家も同じ方向にあるらしい。
「あのね……実は思い出の場所のこと、少し思い出したんだ」
「ああ、朝の話か。」
そう返すと里座さんは小さくうなづいて、
「うん。綺麗な桜の並木なんだけどね……心当たりあるかな?」
「えっ」
あるも何も、もう少し直進して右に曲がれば、その桜並木の川沿いに存在する。毎日の通学路だ。
「それならその先……こっち」
俺は気持ち早めに足を動かして、ちょうど曲がり角になってるところで振り返る。
不思議そうな顔をしていた里座さんもちょこちょこ歩いて来て隣に並ぶと、
「わぁ……」
目を見張る里座さんに、俺は少しだけ誇らしい気持ちになる。
夕日と薄紅色が混ざって、上品な色を水面に落としている光景は何度見ても美しい。
この風景があるから、俺は四季の中で一番春が好きだ。
「朝は違う道できたからわからなかった……。大島くんはいつもここを通るの?」
「うん。里座さんの探してた場所はここ?」
質問に質問を返すと、里座さんは静かに前に向き直って。
「きっと……うん。ここかな。だいぶ風景は変わったけど、ここな気がする」
そう言いながら、何か見えない糸に引っ張られたように里座さんは歩き出した。
その目線の先は一番大きな桜の気に注がれている。
「これ……」
俺もハッとした。
その木には朝見た張り紙が貼ってあった。
そうだ、里座さんはまだこの並木が伐採されることを知らない。
思い出の場所を見つけた拍子にこれは大分可愛そうだ。
俺はオロオロして、里座さんの表情を伺いながら、
「あ、あの、里座さーー」
「こういうことだったんだ」
「え?」
その目は厳しくチラシを捉えていた。
なんだか怒っているような気がする。でもいきなりどうして?
困惑する俺を置き去りにした里座さんは、ただ一心に張り紙を見つめながら、もう一回さっきの言葉を繰り返す。
「こういうことだったんだ……ようやく理由がわかった」
「何が?」
俺が問いかけると、突然まるでそれが聞こえなかったかのように、里座さんは必死の表情で振り返って、
「この伐採をやめされられない? どうしたらいい? やめさせないといけないの」
「でも、この木はもう古いんだよ。樹齢百年だし。そう簡単にやめられないと思うよ」
「けど……だけど……。この川が氾濫したらまた決壊しちゃうかも……」
里座さんの青ざめた顔を見て、俺は首を振り、
「決壊しないよ。川岸は堤防があるし、そう簡単には決壊しない。むしろ倒木してしまうことのほうが危険だ。里座さんもわかってるよね」
当たり前のことを諭すように言うと、里座さんは拍子抜けしたように目を見開いて、
「そう……なの? ごめん、最近のことはよくわからなくて。そっか……それなら、いいの」
と、ほっとした声色でうなづいた。
一体全体どうなってんだ。
里座さんは解決したようだけど、俺の方には疑問が残る。
「だけど、なんで桜並木と川の氾濫が関係あると思ったんだよ」
すると里座さんは驚いた顔でさも当然のように、
「え? え、だって、桜は人を集めるから。花見に来る人たちが地面を踏み固めるから、決壊しにくくなるでしょ? 知らないの?」
「踏み固めるって……何時代だよ。コンクリの道じゃ無理だろ」
俺のぼやきに里座さんは明るく笑って、
「あはは、そうだよね。基本的なことを見落としてた。コンクルじゃ無理よね」
「コンクル……?」
「あ……うん。あれ、そう言ってたじゃない、今」
「……」
何かがおかしい。
さっきからどうも会話が噛み合ってない気がする。
「里座さん、なんか隠してない?」
その問いに里座さんは焦ったような表情を浮かべて、
「ううん、なんにも。なんでもないの。気にしないで」
めちゃくちゃ怪しい。絶対隠してる。
そこで次の質問をしようと口を開いたが、
「ね! それかわいい」
急にテンションを上げて俺のリュックを指差した里座さんに遮られてしまった。
渋々目線を指先に向けると、去年の自然教室で作った下手なビーズのチャームがリュックからぶら下がってるのが見えた。
不器用ながら仲間と作った水色のチャームで、なんとなく今までつけていただけだった。
「そうかな……。適当に作っただけなんだけど」
「え! 才能あるね。いいなー。私もそういうのほしいな」
「じゃあ……いる?」
俺は手早くチャームをとってさしだす。
すると里座さんはびっくりしつつ、
「いいの? ありがとう、嬉しい。ずっとつけとくね」
と、素直に受け取ってさっきまでの俺と同じようにリュックにくくりつけた。
こういうときに遠慮せず、さっさと受け取ってくれるとありがたい。
不要な遠慮は正直言って面倒だ。
「じゃあ、私はこっちだから」
そう言って里見さんはさっきの曲がり角の道を指差し、笑顔で手を振ってくれた。
俺も振返して桜並木の川沿いを下っていく。
あと何ヶ月。いや、あと何週間、あと何日、
俺はこの桜並木を見ることができるんだろう。
「当たり前のものって、案外ないもんだよな」
そうつぶやいて、俺はもう一度桜を見上げた。
あたりは大分暗くなってきて空気も少し冷たくなった。それでも桜は何も考えていないように風にそよいでいるだけだった。
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