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後編
小蓮と遥に絡んできた男たちがいた。プロではなく酔っ払いのナンパらしい。
戦闘許可があれば、すぐにも遥の許に行くのに、まったくもどかしい。
突然、酔っ払いが吹っ飛ばされた。やった男はロシアチームではない。そして顔はにこやかだが、殺気をまとっている。
「則兄、あのスーツ」
「ああ、あいつだ」
高速で起きた対向車線の事故の直前、横をすり抜けていったバイクの男が着ていたライダースーツだ。
会話の後、ロシアチームの護衛がスマートフォンで会話している。確認が取れたらしい。双方の緊張が解けた。
則之は即座に俊介に連絡を入れる。
「高速での事故の原因を作ったと思われる男は、レヴァントの配下のようだ」
『了解。もうそちらに向かって出発している。到着まで、ロシアチームのサポートで頼む』
「了解。あ、移動を開始するから切る」
則之はスマートフォンをしまった。
男が先に立って、中華街へ向かうようだ。
「人混みは厄介だな」
思わずつぶやく。湊も苦笑する。善隣門をくぐって、いきなり甘栗屋の客引きが声をかけてきたのだ。ロシアチームは案内の男のおかげか、スムーズに進んでいく。遥に見つかるわけにはいかない二人は、一定の距離を保ちつつ、ロシア人観光客一行の後を追った。
「お詣りするらしいぞ」
関帝廟の門を小蓮が先に立ち、遥が続いてくぐっていく。さすがに付いていくわけにはいかない。外で出てくるのを待った。
その後の小蓮と遥は、そぞろ歩きをする正に「観光客」だった。豚まんに大きな口を開けてかぶりつく遥はまるで少年だったし、粽をかじりながら、あちこちの店を覗く二人のようすはとても親しげで、一昨日知り合ったばかりには見えない。
「あ、今度はタピオカミルクティーだ」
湊が言う。そういえば、遥が凰となってこれほど自由に行動を許されたことはない。観光地で買い食いなど、隆人の感覚がついていけないだろう。
その時、ロシアチームが辺りへの警戒を強めたのがわかった。理由はすぐにわかった。ミハイル・レヴァントその人が現れたからだ。
小蓮が驚いている。それに対し、レヴァントが何かを言ったら、
「俺は中坊かよ!」
という、小蓮の声が聞こえた。が、あえなくその言葉は無視され、小蓮の腰がレヴァントに抱えられた。
レヴァントが遥に微笑んで、話しかけている。そして、太い指が遥の背後を示した。
そこに俊介がいた。迎えが来たということは、遥の小さな冒険は終わったのだ。
と、思ったら小蓮が、随分俊介に対して憤慨している。いきなり遥の手を掴んで、土産物屋に入ったと思ったら、出てきた時には、遥が胸に包みを抱えていた。それから、案内をしていた男に何か命じたかと思えば、男が走って行き、走って戻ってきた。男から小蓮に渡された包みが、遥に更に渡される。
「最後のは食べ物だな」
湊が言った。
「気が利く方じゃないか」
則之は、小蓮と遥が拳を合わせてタッチするのを見つめた。
遥が車に乗る。この時点で護衛の任は、完全に俊介・諒・喜之に移った。
「どうする? 何か食べる? 土産に食べ物買う?」
朝食を食べて以来二人は、買い食いをしていたロシアチームと違い、まともに物を食べていない。
「とりあえず豚まん」
則之が言うと、遥が買いに行こうとして振り返った。そこに湯気を立てた豚まんが差し出された。
案内をしていた、あの男だった。隙がないが、顔は笑っている。
「小蓮小姐からの差し入れです。お疲れさんとのことでした。あんたら、あの坊ちゃんの護衛でしょ?」
警戒する湊を手で制すると、則之は答えた。
「それはどうも」
「じゃ、確かに渡しましたよ」
男は片手をあげて、去っていった。
湊が訊ねた。
「食べる?」
あの男の言を信用するかということだ。
「小蓮さんの名が出た以上、食べる、だろう?」
まだ温かいそれにかぶりつくと、肉汁が溢れてくる。空きっ腹にはこれ以上ないご馳走だった。
「これは土産を買わないわけにはいかないな」
則之は苦笑し、湊も頷いた。そして桜木家の分を買って、二人は帰途についた。
その夜、遥の部屋の隣にある世話係の部屋で、いかにふっくらと豚まんを温めるかが競われたのを、遥は知る由もなかった。
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