前編

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前編

 桜木俊介は、(ラァ)小蓮(シャオレン)のバイクに乗って出かけた凰、高遠遥をマンションの車寄せで見送っていた。  そこへ地下駐車場から出てきた二台のバイクが、俊介の前に止まった。  フルフェイスのヘルメットのバイザーを上げたのは、桜木則之と湊である。  俊介は二人を交互に見た。 「ロシアチームの後方に張り付くことは了承された。ただし、何もせず対応はすべて任せるのが、向こう側の条件だ」 「OK。見るだけ。ガードは一切任せる」  則之の復唱に、俊介は頷いた。 「遥様の位置は追えているな?」 「バッチリ。GPSが機能している」  湊にも俊介は頷いた。 「では、任せた。行ってこい」  二人がバイザーを下ろし、二台のバイクは出発する。  遥たちと時間差ができたが、あの二人なら追いつくだろう。小蓮はバイクに慣れていない遥を乗せているのだから、そうそう速度は出せまい。  俊介は身を翻して、マンション内に戻った。  則之と湊のバイクは、湾岸線に乗る前にはロシアチームを発見していた。 『湊、いたぞ。ロシア御一行様だ』  則之はヘルメットに装着してあるワイヤレスのインナーマイクで、湊に話しかけた。 『了解』 『ここからは監視だけだからな』 『わかってる』  最後尾のBMWに追いつき、合図を送る。  あらかじめ車種やヘルメット、ライダースーツを申告させられていたので、遥の世話係の二人であることが確認されたようだ。  桜木家の二台はBMWの後方に下がる。  小蓮と遥の乗るゴールドウィングは、前後をがっちり固められている。安定したライン取りに、熟練を感じた。  大黒埠頭を抜けたあたりで、湊からワイヤレスで声が飛んできた。 『則兄、後方から一台上がってくる!』  湊の緊張した声に、則之はミラーで確認する。 『警戒だけしておけ』  返事をし、そのバイクが横を追い抜いていくのを見守る。そのバイクがチームにも警戒されているのはわかった。  その時、ロシアチームの先頭バイクのランプが点滅した。 『湊、前方警戒!』 『了解!』  小蓮の運転するバイクが左車線に移り、覆い被さるようにロシアチームのバイクが併走を始める。  その時、対向車線でセンター寄りを走っていた車が、隣の車線に急ハンドルを切った。急ブレーキの音が耳に突き刺さる。 『則兄!』  その車に後ろから来た車が突っ込み、路肩に跳ね飛ばされた。  流れの止まった対向車線にチラリと視線をやる。湊が不審げな声を出す。 『ただの事故かな?』 『そんなわけあるか』  ロシアチームは警戒フォーメーションを取った。その直後のアクシデントが、「ただの事故」のわけがない。  気がつくと、さっき横を追い抜いていったバイクが、小蓮のバイクの近くまで下がってきている。一瞬片手を上げたのが見え、そのまま一気に走り去って行った。 『あいつか?』  則之の言葉は湊に届いた。 『さっきすり抜けて行ったバイク?』  湊の反問にうなずく。 『厄介なことになったな』 『報告案件?』 『当然』  気が重くなりながら、ロシアチームの尻にひたすらついていった。  高速を降り、一般道を走る。  どこに向かっているのかよくわからない。観光地の方向ではなく、市街地の中だ。  ロシアチームが、止まれの指示を出してきた。その先に進んだのは、小蓮のバイクとKATANAの二台だけだ。マップで遥の位置を確認すると、インターナショナルスクールで停まっている。  湊と顔を見合わせることしかできない。  その時間を使って、則之は俊介に電話をかけた。 『何があった?』 「おそらく狙撃未遂。大黒埠頭を通過後、対向車線で“事故”があった」 『ロシアが対処したんだな?』 「いや、ロシアチームじゃない。第三勢力だと思う」  俊介がきっぱりと言った。 『隆人様に報告を上げる』 「ツーリングは?」  間があって、ため息が聞こえた。 『ロシアが手を下さなかったということは、今ツーリングを中断する理由には当たらない。判断は隆人様にお任せする』 「では、続行で」 『ああ、頼む』  通話を切るのと、ロシアチームが再びエンジンをかけるのは同時だった。  小蓮は横浜育ちであるらしい。観光客が通らないような道も使っている。最終的にバイクを止めたのは海の側の観光客向けの駐車場だ。  遥と小蓮が海の側で話をしている。ロシアチームは少し離れて辺りを警戒している。  則之と湊は更に離れた場所で、こっそりヘルメットを脱いだ。 「何を話しているんだろう」  湊が髪を掻きあげる。 「さあな」  遥は小蓮とジェラートを食べている。則之は水分補給をした。湊がちらっと視線をよこした。 「本当は盗聴器を仕掛けてもOKだったんだろう?」  則之は肩を竦めた。 「あちらさんは仕掛けているらしいが、隆人様が許可されなかった」  湊が「なぜ?」と言った時、スマートフォンが鳴動した。 『隆人様から、車でお迎えにあがるよう指示が下った。レヴァント側にも早めに帰らせたい旨を伝えたそうだ』  となると、遥に許された自由時間は、俊介たちがここへ来るまでということになる。  気がつくと、遥が泣いているようだ。小蓮が髪を撫で、肩を抱いている。  ああ、こういうことが起きるかもしれないから、盗聴が認められなかったのだと思った。隆人の潔癖さは甘さに通じるのかもしれないが、潔さでもある。そんな主に、則之は誇らしさを覚えた。
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