俺が呪われた日本人形を活用した話

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俺が呪われた日本人形を活用した話

 ある日、男は道端で汚れた日本人形を拾った。  肩下までの黒髪はボサボサで葉っぱやゴミが絡まっており、着物もボロボロで顔の布には泥が染みこんでいる。そして人形にはキョンシーの様に額に短冊状の紙が貼り付けられており『危険!この人形は髪が伸びます』と書かれていた。  男が拾ったのは呪いの日本人形だったのだ。  紙に書かれた文章を読んだ時、男は直感した。  この人形は神だと。  男は美容師を目指す貧乏学生だった。学校だけでなく、家でもカットの練習をしたくてもカットウィッグを買う余裕がなかったのだ。だが、人形の髪を切っても伸びるのなら、何度でも練習に使えると考えたのだった。  男は人形をボロアパートに持ち帰ると、人形のボサボサの髪を櫛で梳かして整えた。全てのゴミを取り除き、いざカットすると……失敗した。その日はもう深夜を回っていた為、男は人形をそのまま放置して眠りについた。  その日の夜。男は地獄を味わった。頭を鈍器で力一杯殴られている様な激しい頭痛と、内臓を直接手で掴み捻られている様な腹痛に襲われたのだった。そして男しかいない筈の部屋に、どこからともなく謎の女性の声が聞こえてくる。声は「下手くそ下手くそ下手くそ」と苦しむ男を容赦なく罵ってくる。何故だか分からないが、これらの怪奇現象はあの人形の仕業だと分かった。病院に行きたくとも金が無い。男は布団の中でそれらの激痛や声に耐えるしかなかった。そして男は失神するように眠りについた。  意識を取り戻すと、頭痛や腹痛は治っていた。声も聞こえなくなっている。放置されていた人形の髪は拾った時と同じ長さに戻っていた。昨夜の事で身の危険を感じた男は人形を捨てる……のでは無く、昨日カットが失敗したのは人形の髪質が悪いのが原因だと。だから呪うのは御門違いなのだと逆ギレしたのだった。その日から男は人形の髪質が少しでも良くなるように、ワカメをお供えする事にした。ワカメは目を離すと無くなる。人形は食事をする事が分かり、男はそれから毎日三食ワカメをお供えした。だが、三日目の夜にまた激しい頭痛と腹痛に襲われた。そして今度は「別の物も食わせろ」と訴えてくる声が聞こえた。どうやら毎日三食ワカメは嫌だったらしい。これからはワカメともう一品お供えする事とした。ワカメをお供えするのは止めない。  その後ワカメの効果があったのか、人形の髪に艶が出てきた。男は再び人形の髪をカットした。初めてカットした時よりもやりやすい。髪質も人間と遜色ない。その日はカットに成功した。人形も仕上がりに満足したのか、その日の夜は呪われなかった。それから男は二度と人形に呪われない為に今まで以上にヘアメイクの勉強に励んだのだった。  呪いの日本人形で練習を始めて数日後。男は思った。髪のセットが上手く出来ても、顔や着物が汚れていると仕上がりが良く見えない。綺麗にしてあげたいが、下手に弄って失敗したらまた呪われてしまう。考えた結果、プロに任せた方が良いだろうと、男は人形を持って商店街へと走り、今にも潰れそうな日本人形専門店へ入った。店主の老婆は男が手に持つ日本人形を見た瞬間、店の外まで聞こえそうな程の悲鳴をあげた。店主は呪いの日本人形の元持ち主だったのだ。男が人形を拾った日、店主は人形の呪いを祓おうと寺へ持って行く途中、人形をうっかり落としてしまったとのだと説明した。店主が人形を引き取ると言い、男の手から人形を受け取ろうとする。すると、人形の髪が伸び、男の腕に巻き付いた。どうやら共同生活を送る内に人形に懐かれてしまったらしい。男はこのまま人形を預からせて欲しいと頼んだ。店主は最初渋ってはいたが、人形が離れそうにない事が分かり、店主は男に「人形をお願いします」と頼んだ。男はここに来た理由を思い出し、店主に人形を綺麗にして欲しいと頼んだ。店主は不注意で落とした人形が迷惑を掛けてしまったお詫びに、無料で人形を綺麗にしてくれた上、着物も新品に着替えさせてくれた。  呪いの日本人形相手に練習を始めて数年後。  世間でカリスマ美容師と呼ばれるようなった男は今日も呪いの日本人形相手に練習をする。失敗したら地獄の苦しみを味わうという極限のプレッシャーの中で練習は、男をカリスマ美容師へと成長させたのだった。 「よし、今までで一番の出来だ」  男は満足そうに微笑む。  男が微笑んだ先にはボロボロだった姿から美しく生まれ変わった日本人形の姿があった。 「それじゃ、仕事に行ってくるから」  男が荷物を持って、部屋を出ようとしたその時 『綺麗にしてくれて、ありがとう』  穏やかな女の声が聞こえた。  人形が置いてある方を見ると、人形は徐々に薄くなり……消えてしまった。  消える直前に見えた人形の顔は幸せそうに微笑んでいた気がした。
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