3人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの家、売れたらしいね」、そんなことを言ったのは買い物帰りの母さんだ。
日曜日のチラシに載っていた、『新築一戸建て、駅から徒歩5分』。駅前にある、ぼくの住むマンションからも徒歩5分。ぼくはランドセルを降ろし、野球帽をかぶって、早速偵察に出かけた。
マンションを出て、黄葉が落ちる並木道を下り、川沿いの石畳を歩きながら、橋が見えた所でぼくは足を止めた。
つい先日までモデルハウスだった、深緑の屋根をしたオシャレな家。庭に咲く金木犀は満開を迎えていて、その下で飼い犬らしきコーギーと女の子が遊んでいる。
ぼくの心臓は、どきりと飛び跳ねた。
女の子が立ち上がると長い髪がさらりと落ちる。凛とした横顔がゆっくりぼくの方を向くと、大きな二重の瞳で驚いたように訴える。誰、と言いたげに。
ぼくは慌てて駆け出した。
朝一番のクラスの話題になるぞという軽い好奇心を、甘酸っぱい感情が打ち倒した。
今見たあの子の唇の色を、カラフルなキャンディのようにガラス瓶に閉じ込めておきたい。嬉しいような恥ずかしいような、何だっていうんだ、この気持ち。
最初のコメントを投稿しよう!