こじらせ女子と恋愛脳男

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二人の立場 月初めの朝。 渋川株式会社の営業部は全員がホワイトボードの前に集まっていたが、静まり返っていた。  部長がポスターくらいの大きさの紙を丸めて持ってホワイトボードの横に立つと一つ咳をする。 「では、これより先月の営業成績を発表する。 全営業部員が固唾を飲んで見守っている。  その中でも、特に力を込めて見つめているのは、林田 笑美子(はやしだ えみこ)27才と小山 幸成(こやま ゆきなり)27才の二人だ。 「大丈夫。今回はいつもよりたくさん新規開拓したんだから」  笑美子の隣に立っている同僚の岡本 より子(おかもと よりこ)27才が肩に手を置く。  笑美子は黙ってうなずく。 「小山だって、靴を一つつぶすくらい歩いたんだ。努力は裏切らない」  小山の隣に立つ小山の同僚の江崎 道夫(えざき みちお)28才が対抗心をむき出しにする。 「応援してくれるのはうれしいけど、オレのことでケンカしないでくれないか」  小山が落ち着かせるように江崎の肩に手を置く。 「では、これが結果だ」  部長がホワイトボードに手に持った紙を磁石で貼りつける。  紙には営業部全員の成績が1から順番に名前が書かれている。 一番に書かれていた名前は…… 「やったー!! 勝った!」  笑美子がガッツポーズをして喜びを表現している。 「おめでとう!」とより子が嬉しそうに拍手をする。  営業部の社員全員が笑美子に拍手を送って、部長も「君はわが社の誇りだよ」とほめる。 「ああ。そんな……」  小山が片手で頭を支えて下を向く。 「残念だったな」  江崎が慰めるように小山の背中をポンポンとたたく。 「では、みんな、解散。笑美子くんのように頑張ってくれ」  部長の言葉を合図にそれぞれが自分の席に戻っていく。  落ち込む小山を見つめる笑美子。 「何か、用でも?」  小山が笑美子の視線に気が付いて顔を上げると笑美子のほうを向く。 「いえ。そうじゃなくて……」  笑美子が何か言いかけたときに「あー。わかった。これくらいで落ち込んでいるようじゃ、私には勝てないって言いたいんだろう」と隣にいた江崎が手をポンとうって納得の表情を浮かべた。  笑美子の顔が一瞬、曇ったがそれは誰も気づかなかった。 「そうよ。ライバルがこんな弱くちゃ話にならない。せいぜい、これ以上差がつかないように頑張るのね」  そう言って笑美子は自分の席に戻る。 「すきに言いやがって、いくら一番になったからって」  悔しそうに笑美子を見る江崎。 「そうかな? 言いたいこと違うように見えたけど」 「いいや、違わないな。入社初日から生意気なことを言ってたじゃないか」 「確か、この会社の社長になるだっけ」 「そうだ。いつか乗っ取られるぞ」 「まさか」 「その油断が命取りだ」  腕を組んでうなずく江崎はかなり本気で考えている。 「もし、そうなら実力ってことだろう。だったら、会社は発展するからいいじゃないか」 「……それもそうだな」  単純な考え方をする江崎に笑顔を向けて「さあ、仕事だ。仕事」と言って席に戻っていく。  二人はライバル。仲良くなることはないと営業部の中ではそう思われていた。 笑美子の場合 「ほんと金魚のフンって感じよね。江崎って」  会社帰りの居酒屋でより子が笑美子よりも怒っている。 「仕方ないわよ。男から見たら生意気な女としか見られないんだから」  笑美子はため息をつきながらビールを一口飲む。 「生意気って…笑美子が努力家で、仕事に誠実に向き合った結果があの営業成績でしょう。自信を持って」  より子がビールをごくごくと飲んでプハーと息をつく。 「私なんて、かわいくないし、性格もよくない。すぐに他人をひがむし、落ち込む人に気の利いた一言もかけられない」 「笑美子。そんな風に自分を言わないでよ。私はどうなるの? 営業成績も普通だし、見た目だって変わらないでしょう」 「でも、恋人いるじゃない」 「……それはね。でも、会ってもケンカばっかよ。遅刻したとか、お店の予約してなくて気が利かないとか、犬派か、猫派かってね」 「ケンカできるだけ、いいわよ。私なんかそんな人、いたことないんだから。きっと、小山君だって、嫌っているわよ」 「そんなことないでしょう。小山君。女性には優しいわよ」 「でも、私、落ち込んでる小山君に憎まれ口を聞いて、絶対に嫌われたわよ」 「あれは江崎があおったから、笑美子のせいじゃないって」 「そうだとしても、かわいくない女だって思われてるに違いないわ」 「もう、うじうじしてたらお酒もまずくなるわ。やってしまったことは取り返しがつかないんだから、飲みましょ」  より子がビールのジョッキを店員に頼んでいる。  笑美子はうつむいて泣きそうな顔でつぶやく。 「みんなの知ってる私は強気かもしれないけど、実際はうじうじ、めそめそ、陰気な女だってわかったら、みんな嫌うのよ」 「そんなことないって、私はいつだって笑美子の味方だよ」  注文したビールが届いて受け取るより子。 「だったら、絶対に、こんな私を知られないようにして」 「わかった。わかった。約束するから、ほら…」 笑美子にビールジョッキを持たせて、より子もビールジョッキを持つと「笑美子の隠しごとにかんぱーい」と大声でいうとジョッキを合わせた。 小山の場合  しゃれたバーのカウンター席でカクテルを飲む小山と江崎。 「こんなしゃれたバーどうやって見つけたんだよ」 江崎が小山を肘でつつく。 「取引先の部長さんだよ」 「へぇ。ずいぶん親しくなったんだな」 「共通の話題があってな」 「話題?」 「そう料理だ」 「なんだ。そりゃ」 「最近は、男も料理動画をネットに上げてるんだ。知らないのか?」 「いや、まったく」  江崎が大げさに首を横に振る。 「お前のその女子力をあの林田に分けてやれよ」 「そんなこと言うから、女子社員からうざがられるんだよ。江崎は」  小山はカクテルを一口飲むとため息をつく。 「何。やっぱり営業成績、2位だったの気にしているの? 小山ちゃん」 「違うよ」 「じゃあ、なんだよ」 「……絶対に、他の奴に言うなよ」 「なんだ。なんだ。そんな隠したくなるようなことなのか?」  江崎がニヤニヤしながら顔を近づける。 「まあ………」 「言っちゃえよ。そのほうが楽になるぞ」  なかなかしゃべりたがらない小山にしびれをきらせた江崎が冗談ぽく言いながら先を促す。 「最近になって、つい、笑美子くんのことを考えてしまうんだ」 「?」 「なんて言うか、言葉一つ一つが心地よく聞こえて、楽しいんだ。前の彼女以来だよ。こんな気持ちは」 「前の彼女って、確か、別れて一か月たってないんじゃ」 「落ち込んでいた時に、彼女が難しいと言われていた会社と契約を結んできて、あの自信に満ちた目が輝いていたことを忘れられないんだ」 「そうだったか? 確かに嬉しそうにしていたけど?」  江崎は小山の考えについていけないとあきらめた。 「笑美子くんはオレのことどう思っているかな?」 「わからないけど、悪くはないんじゃないか?」 「ここ最近、ずっと笑美子君の顔が頭から離れなくて、でも、会社内じゃライバルと思われてるし、仲良くしたくても、部署の人間に緊張した顔で見守られることが多くて、食事に誘おうにも誘えないんだ」 「………」 「今日だって、本当は、成績一位をお祝いしようとメールしようとしたけど、できなくて……なあ。どう思われてると思う」 「直接、聞け」 「できたら。そうしてる。できないから聞いてるんじゃないか」  江崎が盛大なため息をつく。 「営業成績はいいのに、恋愛はからっきしだな」 「昔から、こうなんだ。相手のことを考えるとそれ以外が見えない」 「仕事は大丈夫なんだな」 「それは、頑張れば認めてくれると思って……」 「仕事のできる男版恋愛脳か」  江崎がつぶやく。 こじらせ女と恋愛脳男 「では、二人で出張、頑張ってきてくれ」  部長の席の前に、笑美子と小山が立っていた。 「どうしてですか? 部長」  笑美子が両手を机に乗せてまっすぐに部長をみる。 「なぜって、取引先の希望だから、二人とも優秀だろう。だから、任せたいんだよ」  笑美子の迫力に驚きながらも説明する部長。 「ですが……」 「取引先の意向は無視できないから、それにちゃんと部屋は別々にとってあるから、心配しないで、あとは任せたよ。小山君。林田君」  部長は立ち上がると林田の肩をたたいて部屋を出ていく。 「一緒に、頑張ろう」  林田は笑美子に笑いかけた。 「どうしよう。一緒に出張だって、新幹線の中で何、話したらいい」  男子トイレの中で小山が江崎に助けを求めるような視線を向ける。 「いつもと同じでいいだろう」 「いつもと違うよ。いつもはみんながいるけど出張は二人きりじゃないか」 「そうだな」 「ずっと一緒にいて、笑美子くんに嫌われたら……」  江崎は小山のうろたえぶりに、大げさなと思うがほおっておけないとも思って言った。 「だったら、ふられるのを覚悟して告白しろ」 「もう、どうしよう。なんだって、部長はひどい仕打ちをするの?」  女子トイレの中で笑美子がより子に助けを求めるようにすがる。 「ただ、仕事で京都に向かうだけだよ。それ以上でもないし、それ以下でもないよ。普通にしてれば何事もなく帰ってこれるって」  落ち着かせるつもりで言ったが、「何もないってことは、私に興味がないってことよね。好きでも、嫌いでもない、どうでもいいってわかったら、私生きていけない」と笑美子が洗面台に両手をついて下を向く。 「こじらせてる。こじらせてる」  より子は笑美子を自分のほうに向かせて言い聞かせる。 「いい。これは天がくれたチャンスよ」 「チャンス……」 「そう。自分を好きになってもらえるチャンスなのよ」 「……でも、失敗したら、もっと嫌われたら、私、立ち直れないわよ」 「そうよね。でもね。笑美子よく聞いて」  より子は笑美子をしっかりと見ていった。 「そこまで思っているなら告白するしかないわ」  出張の当日。 ―9時30分発のぞみ9号まもなく発車します。 「今日はよろしく」  緊張した感じを出さないようにと意識して逆に硬い声を出してしまったと後悔する笑美子。 「こちらこそ、よろしく」  同じように緊張してうまく笑えているか不安の混じる笑顔を見せる小山。  今日の夜までに告白するのよ。笑美子。それまではこの気持ち隠しとおさなくちゃね。  笑美子は決意を固めて新幹線に乗り込む。  今日の夜までに笑美子君に告白するんだ。それまではこの気持ちを隠しておこう。  こぶしを固めて新幹線に乗り込む小山。  新幹線に二人が乗り込んで数分後、電車は走り出す。  二人の隠した気持ちを乗せて。
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