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 花冷えの日になるでしょう、と朝の天気予報が告げた通り、少し冷えた風が頬に触れた。  そよそよと通学路の雑草も風に泳ぎ、揺れている。    自転車を自由に漕ごうとするとパンツが見えるので解決方法として、中にハーフパンツをはいていく事にした。そうしたら、立ち漕ぎをしても、速度を上げても気にしなくていい。車からも見えないだろうし、すれ違う自転車や通行人に見えたって平気だ。校内では違反だけれど、通学中にはいてはいけないとは書いてなかった。少し早めに学校に行って、自転車置き場で脱いで、鞄に入れる。  誰にも、何も言われなることなく、我ながら名案だった。 「お、お、おはよう」  ズボンを鞄に押し込んで、振り返るとぶかぶかな制服のチロ君が立っていた。入学して一週間経ったけれど、徒歩通学の彼とここで顔を合わせたのは初めてだった。 「あ、チロ君、おはよう。どうしたの?」 チロ君と呼んだことはなかった。 でも、彼は、驚かなかった。 「……ふ、ふ、藤谷さんが見えた、から。いつもこんなに早いの?」  チロ君はいつも最初の言葉がスムーズに出てこない。  緊張なのかな、と思っていたけれど、海堂くんやその他の子に対してもそうだったから、クセみたいなものだろう。 「うん。僕、校区ギリギリの距離で遠いからいつも早めに出るんだ」 「そ、そうなんだ。い、いいな自転車」 「なんで?」 「だ、だって、はやく色んな所に行ける。帰り道にお城に寄ったり、少し遠くの河川敷に寄ったりも出来る」  すぐ横にある小さな城を見上げる。  佐々木城は石垣も天守閣も残っている、県内でも有名な観光スポットだ。駅前にある城、ということで観光客も多く、外観も市が管理しているため綺麗で、城内に植えられた木々は四季の移ろいと一緒に、地域のローカルニュースでよく放送されている。  お花見と紅葉スポットとして定番の場所。  小学生の時には遠足で行ったし、休みの日にも散歩に行ったりと、何度も足を運んだ事がある。 「お城、好きなんだ?」 「う、うん。部活で城内を走ってる」 「コーラス部なのに?」 「う、うん。腹筋もしてるよ、ほら」 チロ君は学ランをぐいっと持ち上げて、お腹を見せてくれた。 「わ、ほんとだ。まっすぐな線が入ってる」  女子と体型があまり変わらないのに、チロ君のお腹はキュッと引き締まっていた。無駄な肉がなくて、僕のお腹より硬そう。  まじまじと見ていると、チロ君は照れたようにさっとシャツを戻した。 「チロ君が見せたから、見たんだよ」 「う、うん。だけど、そんなにじっと見られると恥ずかしくなった……」  じゃあ、と僕は自分のお腹を見せようと、セーラー服を持ち上げた。 「ほら、僕のも見て。バレー部で鍛えてるから」  チロ君は、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、と、舌がひっかかったのか思うぐらいもごもごして、頭をぶんぶんと振った。  僕の手をそっと押さえる。 「だ、だ、ダメだよ。女の子がお腹とか気軽に見せたら」
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