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「チロ君は戦ったから、今、教室に居るの?」
彼は恥ずかしそうに頭をかいた。
「た、戦ったって大げさだけど……、僕にとっては大きなことだったんだ」
人にとっては些細なことでも、自分にとったら大きなこと。
それは僕にとって、スカートになじむ自分になることだ。
「僕は……、本当はみんなに合わせたいと思うんだ。他の女子みたいにスカートをはきこなして、私って言いたい。でも、それがうまく出来なくて、混乱してる」
飲み込んで、口に出せなかった事を初めて言葉にした。
「……う、うん。僕もまだ戦ってるよ。授業中、天気が悪かったら、傘忘れちゃったって、教室から出て行きたくなるのを我慢して、頭の中で好きな歌を繰り返し歌ってるから」
二人で顔を見合わせる。
なんだ、そうなんだね、と、口からこぼれた。
「いつも、チロ君の言葉は緊張してるけど、雰囲気はほんわかしてるから、クセみたいなのかと思ってたよ」
「……クセ?」
「うん。クセ。ほら、授業中にシャーペン回したり、消しゴム転がしてみたり、考え事してたら髪の毛触ったり、ついついやっちゃう事ぐらいに思ってた」
チロ君は、驚いたような顔をして、その後はゆっくりと笑った。
「……ク、クセ、かぁ。いいなぁ、それ。それぐらいに思えたら、人との違いなんて比べないのにね」
僕は頷いて、自転車のカゴに入れた鞄を見た。
荷物の中にはスカートが入っている。
チロ君にはクセなんて言ったけど、自分の身に置き換えると、そんなに簡単には受け入れられそうにない。現に、今、体操服のズボンで帰っている事にとても安心している。
中学校を出た二つ目の信号をチロ君は左に、僕は右に向かうのでヘルメットを被って、別れた。
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