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「牧先生は自分らしくって言ってたんでしょう?」 「……お母さん聞こえてたの?」  僕がお母さんを見やると、なぜか光希ちゃんが驚いた顔をした。 「……牧先生の話を聞いて、紬はどう思ったの?」 「……僕は」  お母さんはじっと僕を見ている。  視線を自分の手に落とす。 「怖いなって、思った。苦しいなって。きつきつなスカートをはいてるみたいに……」 「……サイズの合わない服、ねぇ」  お母さんは着ていたエプロンを脱いで、畳み始めた。 「自分らしくって難しいわよね……。まだまだ、光希も紬も大きくなるし、自分がこうだなんて決めなくていいのよ。今から、色んな人に出会って、学んで、成長するの。性別も、そのLGBTQ? も当てはまるかもしれないし、違うかもしれない。考えるもの大事だけど、考えないって言う選択肢もあるかな。分からないことはいくら考えたってしょうがないもの。ね、お父さん」  ダイニングテーブルに目を向けたお母さんに、お父さんは頷いた。 「そうだな。服が合わないなら、着替えればいいし。新しいのを買えばいい。紬が気に入って着ていたいのなら、体を合わせて痩せる方法もある。どの(じぶん)が合うのか悩めばいい。そこから答えが出るときもある。父さんは合わないズボンは、ボタンを少し外して、これ以上太るものか、としばらく履いておく」 「え、お父さん、服の話じゃないよ?」  光希ちゃんが言うと、お父さんは、例えだよ、と笑う。 「性別は自分で決めてもいい。分からないのなら決めなくてもいい。自分にぴったり合う服を探すように、見つかるまで、探せばいい。服を選んで着るのは他の人じゃない。ずーっと自分なんだ」 「そうね。気に入って、サイズがぴったりでも、飽きちゃう時もあるし。紬は紬の服を探せばいいのよ」  お母さんの言葉に、両手を握りしめる。
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