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梅雨を迎え、さめざめと雨が降る日が増えた。自転車置き場で雨合羽を脱いでいると、透明な青い傘が目に入った。
「ふ、藤谷さん」
チロ君が傘から顔を覗かせる。
なんだか声がかすれている。話しかけられて、どきっとしたけれど、声が気になった。
「チロ君、声、変じゃない?」
「あ、うん」
「風邪?」
雨合羽についた水分を払って、自転車に干すように袖をハンドルに引っ掛ける。
「ううん、違う」
「熱とかないの?」
「……たぶん、これ声がわりかな」
「声変わり……」
「熱もないし、た、たぶんだけど……」
変な気持ちだ。
すりガラスみたいな声。いつも通り高いけど、透明感と伸びがない。
「部活はどうするの?」
チロ君は、うーん、と首を傾げた。
「い、今、パートがアルトなんだ。でも、声が変わって音域が出なくなったら、テノールに変わるかも……。どうなるか分からないから、顧問の先生と相談するよ」
「声変わりって大変だね……、あの、いつも一番に音楽棟で練習してるの、チロ君でしょ?」
「あれ、なんで?」
「体育館から聴こえてたよ。部長といつも元気が出るって聴いてた」
「あ、え、う、嘘」
チロ君は手で顔を抑え、傘を落としそうになった。
恥ずかしがっているのが、なんだか可愛かった。
「だから、練習前にエーデルワイスが聞こえないのがさみしいな……」
「ぼ、僕も雨の日は……」
チロ君はちらりと青の傘越しに僕を見た。
「何?」
聞き返すと、いいや、と彼は首を振って、玄関前で傘を閉じた。
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