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「あ、夏服」
「う、うん。今日、暑いよね」
「まだ梅雨なのにね」
「ほ、ほんとに……、でも、今日、晴れて良かった」
「風邪が治って、三日ぶりの登校だもんね」
僕の言葉に、チロ君は首を振った。
「ううん、僕、藤谷さんが自転車を漕ぐのが見たいなぁって思ってたから」
「な、なんで?」
ふいに向けられた言葉に、またチロ君の熱を感じる。
「ズ、ズボンをはいて、スカートを揺らしてる藤谷さんが、かわいいなってずっと思ってたから」
心臓が忙しくなり、緊張する。
チロ君はいつもと同じ、緊張を吸い取る穏やかな空気を出しているはずなのに、今日もその効果が薄い。
僕、一人が騒がしくなる。
「え、っとその」
なんて言っていいか分からずに、間を埋めるような言葉しか出てこない。
チロ君はまっすぐに僕を見た。
「ふ、藤谷さんの事、つぐちゃんって呼んでいいかな?」
彼の声がゆっくりと耳に入り、僕の心をぎゅっとつかんだ気がした。
声は変わっていない。けど、少し低くなっている。
気づいた瞬間、スカートがほんのすこし揺れた。風に揺れたのでも、僕が揺らしたのでもなく、チロ君が揺らしたのだ、と、思った。
「うん、いいよ」
するっと出た言葉の続きは、心の中で唱える。
うん、いいよ。チロ君、もっと名前を呼んで。
静かに胸で繰り返すと、私のスカートがふんわりと、淡く、揺れた。
END .
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