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沖は有坂を好きでいてくれる、それだけは何があっても信じられたからだ。触れ合うことができなくても、二人きりにさえなれなくても、沖は常に有坂に対して誠実だった。
卒業式の後に二人で話したあのとき、最後の最後まで『先生と生徒』の関係を崩そうとしなかったのも、それだけ沖が有坂に対して本気だったから。
(そうだ、確かに)
沖ならたとえどんなに迫られたって、きっぱり拒むだろう。それは有坂自身が誰よりも知っていることなのだ。
あまり遅くならないうちに、と帰るように促されて、有坂は名残惜しい思いで沖の部屋を後にした。
「これからいくらでも来られるだろ」という沖の言葉はその通りではあるのだけれど、寂しい気持ちはまた別物だから。
「駅までの道はもう覚えたから、一人で大丈夫」
送ると言われて遠慮した有坂に、沖は笑って首を振る。
「まだ早いしそんな物騒な界隈じゃないから危なくはないけど、俺がギリギリまでお前と一緒に居たいんだよ」
沖さえ構わないというのなら強硬に断る必要もないので、結局有坂は沖と二人で連れ立って駅への道を歩いた。
「沖先生」
駅に着くと立ち止まり、有坂は沖の前に回り込んで顔を見上げる。
「俺、先生のこと好きになって、先生に好きになってもらってホントによかった」
笑顔でそう告げてから。
「凄く、幸せ」
言うなり有坂は、ぱっと身を翻して改札を通り抜けて行く。改札越しに振り向くと、沖も笑って有坂の方を見ていた。
駅で大声で叫ぶわけにもいかず、有坂は声に出さずにまたね、と言って彼に小さく手を振る。
沖の口元も同じように動くのを確かめて、有坂は笑みを浮かべたままホームへ向かって歩き出した。
~END~
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