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『First time』
待ちかねた四月。
沖は新入生の担任になって、年度当初はやはり相当忙しくなるらしかった。元々学校の年度替わりはただでさえ慌ただしいのに、その上さらに新入生特有の行事も加わる。
それでも彼は、なんとか仕事の合間を縫うようにして時間を作り、四月に入って早々の週末に、約束通り有坂を自宅に呼んでくれた。
* * *
駅まで迎えに来てくれた沖に案内されて、連れて来られた彼の部屋。
(先生の家。高校の時からずっと来てみたかったんだよね、やっと叶った)
鍵を開けた沖に促されて、先に足を踏み入れた有坂は、すぐ後に入って来た沖がドアを閉めた瞬間、狭い玄関先で靴も脱がないままに抱き締められた。
そのまま軽く触れるだけのキスをされて、有坂が反射的に見上げた恋人の顔は笑っている。
「……なんで最初が玄関なの」
(俺、キスするのなんてホントに、正真正銘初めてなんだけど。それがここって、ちょっと酷くないか?)
どぎまぎしながらも内心文句をつけつつ思わず訊いた有坂に、沖は照れくさそうに弁解する。
「ゴメン、待ちきれなかった」
気を取り直して玄関を上がると、そこはキッチン……、ダイニングキッチンだ。たぶん二人用だろうサイズのテーブルに、椅子が二つ置いてある。
とりあえずはこんなところで悪いけど、と言われて有坂は食卓の椅子に腰掛けた。間仕切りの、開けっ放しの引き戸の向こうはフローリングの部屋、らしい。
(見られて困るなら、ここの戸閉めとくよなぁ)
そう思いながらも、有坂はつい俯いてしまった。
勝手に見ないようにしたというよりも、なんだかとにかく落ち着かない。柄にもなく緊張しているのだ。友達の家に遊びに行ったって、家の人の前では行儀よく取り繕いはするけれど、緊張なんてした覚えもないのに。
(……恋人の家なんだから友達とは比べ物にもならないか。特別だと感じて当然だよね。しかも初めて来たんだし。それにしても、こういう間取りって何になるんだろ)
有坂は現実逃避するかのようにどうでもいいことを考えて、なんとか少しでも気を紛らわそうとしてはみたけれど。
(部屋がひとつだけじゃないからワンルームじゃないのは確かだけど、1DKなのかな)
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