『First time』

1/6
80人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

『First time』

 待ちかねた四月。  沖は新入生の担任になって、年度当初はやはり相当忙しくなるらしかった。元々学校の年度替わりはただでさえ慌ただしいのに、その上さらに新入生特有の行事も加わる。  それでも彼は、なんとか仕事の合間を縫うようにして時間を作り、四月に入って早々の週末に、約束通り有坂を自宅に呼んでくれた。     *  *  *  駅まで迎えに来てくれた沖に案内されて、連れて来られた彼の部屋。 (先生の家。高校の時からずっと来てみたかったんだよね、やっと叶った)  鍵を開けた沖に促されて、先に足を踏み入れた有坂は、すぐ後に入って来た沖がドアを閉めた瞬間、狭い玄関先で靴も脱がないままに抱き締められた。  そのまま軽く触れるだけのキスをされて、有坂が反射的に見上げた恋人の顔は笑っている。 「……なんで最初が玄関なの」 (俺、キスするのなんてホントに、正真正銘初めてなんだけど。それがここって、ちょっと酷くないか?)  どぎまぎしながらも内心文句をつけつつ思わず訊いた有坂に、沖は照れくさそうに弁解する。 「ゴメン、待ちきれなかった」  気を取り直して玄関を上がると、そこはキッチン……、ダイニングキッチンだ。たぶん二人用だろうサイズのテーブルに、椅子が二つ置いてある。  とりあえずはこんなところで悪いけど、と言われて有坂は食卓の椅子に腰掛けた。間仕切りの、開けっ放しの引き戸の向こうはフローリングの部屋、らしい。 (見られて困るなら、ここの戸閉めとくよなぁ)  そう思いながらも、有坂はつい俯いてしまった。  勝手に見ないようにしたというよりも、なんだかとにかく落ち着かない。柄にもなく緊張しているのだ。友達の家に遊びに行ったって、家の人の前では行儀よく取り繕いはするけれど、緊張なんてした覚えもないのに。 (……恋人の家なんだから友達とは比べ物にもならないか。特別だと感じて当然だよね。しかも初めて来たんだし。それにしても、こういう間取りって何になるんだろ)  有坂は現実逃避するかのようにどうでもいいことを考えて、なんとか少しでも気を紛らわそうとしてはみたけれど。 (部屋がひとつだけじゃないからワンルームじゃないのは確かだけど、1DKなのかな)
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!